岡田:みなさんは、学びはコップの水が少しずつ増えていくようにイメージしていると思います。コツコツ知識を増やす感じですね。それも大事です。でも、それだけじゃない。学びの喜びは、「こうだ」と思い込んでいたことが、「そうじゃないよ」と突きつけられて、頭の中が真っ白になることです。自分の思い込みに気づかされてめまいを起こす。それは“麻薬”のようなもので、その感覚を味わったら、学びを止めることはできなくなります。ただの要領のよい「情報の出し入れ」だけでは、このような知的興奮を味わうことはできません。せっかく受験が終わったのですから、子どもの学ぶ喜びの生息地点を見据えて、本当の学びに向かうきっかけをつくれたらいいですね。
■仏教の「正見」という教え
──親自身の気持ちの切り替えは、どうしたらいいでしょうか。
大愚:そのようなご質問がたくさん私の元に届きます。仏教では「正見」という教えがあります。俯瞰(ふかん)して物事を見るという、客観的に事実を捉えることです。
岡田:「正しく見る」と書いて「正見」ですね。
大愚:まず、お父さん、お母さんが、「ご自身の経験に基づいた思い込み」にとらわれていることを知ることです。「いい学校に入り、いい会社に入って、いい人と結婚するのが幸せ」という思い込みです。社会がそう思い込ませている部分もあると思いますが。
岡田:学びだけでなく、ここにも思い込みがありますね。
大愚:その時の「いい」が何かというと、要するに「お金がもうかる」ということです。皆さん、お金がないと不幸になると信じています。今、世の中を席巻している宗教は、実は「お金教」なんです。受験の失敗は、裕福な人生への挫折だと親が思い込んでいる。「ああ、この子は脱落しちゃった」と。それが本当に正しいかといえば、もちろんそんなことはありません。岡田先生のように、不採用通知をもらい続けながら大学教授になった方もおられるわけですから。
岡田:自分から「やりたい」と言ってやった息子の中学受験は2勝3敗でしたが、最初に自信付けのための学校の合格をもらった後に、同じ学校を3回落ちました。ネット上に、合否が出るんですよ。それを家族で見ました。息子がキーを打つと「残念ながら……」と出てくるわけです。そのたびに息子は頭を抱えて、「ああ!」と天を仰ぎ、なぜかその姿がおかしくて、家族みんながゲラゲラ笑うんです。同じことを繰り返した後、「少なくともお前は1勝した。お父さんなんか助教授になる公募で0勝80敗だぞ。塾で歌ばっか歌ってたのに、お前はすごい」と伝え、「本命はのびのびな。地元中学も最高だぞ」と言いました。
大愚:親御さんの失敗の経験は、子どもを救うものですね。
岡田:落選することにおいては、僕は他の追随を許しませんから。言葉にも重みがあったはずです。
(構成/ライター・黒坂真由子)
※AERA 2023年2月20日号