人形浄瑠璃・歌舞伎の作者である近松門左衛門が描いた文楽作品「信州川中島合戦(しんしゅうかわなかじまかっせん)」について、次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんが紹介する。
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一月十四日からNHKで「ちかえもん」の放送が始まりました。このドラマはスランプに陥る中年作家・近松門左衛門が曽根崎心中を書きあげるまでを追った娯楽時代劇です。
曽根崎心中は、世話物と呼ばれるジャンルを創り上げた金字塔的作品。それまで武家社会のお家騒動など史実をモデルにした作品が中心だった人形浄瑠璃に、心中事件という俗世の物語を持ち込んだのです。
ドラマは脚本を藤本有紀(ふじもとゆき)さん、音楽を宮川彬良(みやがわあきら)さんが担当し、近松役の松尾スズキさんはじめ、豪華なキャストが名を連ねています。
そんななか、近松がキャリア絶頂期に描いた作品が二月に東京で上演されます。信州川中島合戦という演目です。軍学書の甲陽軍鑑に基づいて、戦国時代に甲斐の武田信玄と越後の長尾輝虎(てるとら・上杉謙信)が川中島で対決した史実を脚色した時代物です。
輝虎が信玄との最初の戦いに敗れ、敗因を探ったところ、敵方に山本勘介という名軍師がいることが分かります。そのうえ、勘介は輝虎の重臣である直江山城守(なおえやましろのかみ)の妻の兄にあたることから、この軍師を味方に引き入れようと、まずは勘介の母と妻を呼び寄せてなびかせようと試みるのでした。
しかし、思わぬ展開となります。輝虎が将軍家から拝領した小袖を勘介の母に贈ると、古着などいらぬと受け取りを拒否。次に、輝虎本人が給仕として勘介の母の前に料理を運び、礼儀深くひざまずきますが、越後の国では老婆を餌に勘介を釣ろうとするのか、とまったく相手にせず、お膳をひっくり返してしまいます。
これには輝虎も激怒。いったんは刀に手をかけますが、勘介の妻が吃音(きつおん)ながら必死で琴を弾き、歌い、許しを乞う姿に心を動かされ、その手を止めます。