世界的な株安の連鎖の発端となった中国経済の減速懸念だが、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、実体経済にさほど大きな影響はないという。

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 8月24日(月)にモルガン銀行時代の部下Y君からメールが来た。「相場荒れていますね。そろそろトレーディングしたくてウズウズされているのではないでしょうか?」

 議員会館に来た高校の後輩のT君や議員仲間にも同じことを言われた。さすが、みなさんお見通し。相場が荒れると、ウズウズしてくるのがディーラーだ。ウズウズするどころか興奮してくる。

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 何年かに一度、中国経済減速で市場が大荒れする。10年近く前に起きたときには、私自身もひどい目にあった。モルガン銀行勤務時代ならば、何かが起こればニューヨーク(NY)本店やロンドン支店などから緊急連絡が入った。

 ところが、モルガン銀行退職後は緊急事態になっても海外から連絡は入ってこない。情報端末に頼らざるを得ず、毎晩10回以上は起きてNY市場をチェックしていた。その情報端末が示すNYダウ(株価)が、このとき、一瞬に500ドル以上下落したのだ。500ドルの下落自身はそう珍しいことではないが、普通は段階的に下落していく。表示された値段が次の瞬間、前に表示された値より500ドル以上下落したのを見たのは30年にも及ぶディーラー生活で初めてだった。

「なにか大変なことが起きたに違いない。もう自己破産だ!」

 真っ暗闇のベッドの上に呆然と座り込んでいる私を見て家内アヤコが言った。「いいじゃないの、昔みたいに4畳半で家族そろって寝ればいいのよ」

 その言葉に救われて朝を迎えた私はテレビニュースを聞いて唖然とした。株価の伝達システムが故障していたというのだ。このヤロ~! 人の寿命を縮めやがって!

 
 先々週末から先週はじめに世界中のマーケットが大揺れした。またまた中国経済減速懸念だ。中国を起因とする金融危機は世界に連鎖するはずがない。中国は為替のペッグ制(固定相場制のひとつ)を維持するために資本規制をしているからだ。中国人は外国の金融商品を自由に買えないし、日本人をはじめとする外国人は人民元を自由に購入できない。だからリーマンショック時に米国で起きたような大量の資本移動は起こらない。

 もちろん中国を相手にする企業の業績悪化懸念が株価を下押しするだろうし、中国の需要減による石油価格の下落、それによる資源国経済の減速も考えられる。しかし、実体経済の悪化は、金融危機の連鎖ほど怖いものではない。

 今回、一番肝を冷やしたのは、各国中央銀行ではなかろうか。普通なら利下げをするのだが、ゼロ金利では下げようがない。量的緩和は「大きいハンドルの遊び」と同じで、危機に対して即効性がない。米国の利上げが遅れるという説もあるが、早めに利上げをして、危機対策用の「利下げ」という武器を持ちたいと痛感したとも考えられる。

 また、ドルが急落した際には、政府・日銀は「ドル買い・円売り」介入をするべきだ。急激な円高防止の意味もあるが、それ以上に外貨準備のドルを積み上げるチャンスだからだ。私の予想する日本の危機のとき、個人であろうが国であろうが、ドルを大量保有していれば生き延びられる。

週刊朝日  2015年9月11日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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