再会を喜びたい阿曾次郎ですが、その頃は伯父の養子となり、駒沢次郎左衛門と改名。さらに、一緒に逗留する岩代多喜太に命を狙われている事情もあり、その場で深雪に自分の正体を明かすことができません。深雪は目の前に阿曾次郎がいるとも知らず、琴を弾きながら、「露のひぬ間の朝顔を……」と思い出の朝顔の歌を唄いあげます。

 当時の観客は登場人物が落ちぶれていく姿に惹き込まれたようです。琴は高貴な人がたしなむ楽器。琴を弾く瞽女という落差が人々の心をつかんだのでしょう。すれ違う場面はどれも展開や語りがリズミカルで、現代的なテンポで観られるので分かりやすいと思います。

 結局、阿曾次郎は明国渡来の目薬などを宿の主人に託して先を急ぎます。深雪は残された品々から先刻の侍が阿曾次郎と知り、驚愕。宿の主人に知り合いかと尋ねられ、こう返事をするのです。「馴染どころか年月尋ぬる夫でござんすわいな」。このセリフは物語のハイライト。太夫は深雪の悲しみを徐々に溢れ出るように語ります。

 いつか会える。信じる者は救われる。初恋の人を思い続ける深雪の姿に、改めて人間はピュアでなければいけないと思わせられる作品です。日々の忙しさに追われて、お連れ合いと出会った頃のときめきを失ってしまった皆さん。あの頃の気持ちを、久しぶりに思い出してみませんか?

 生写朝顔話は七月から大阪で、第二部と第三部にわたって上演します。九段を上演するのは昭和五十三年以来のこと。最初からご覧になると、京都、兵庫、静岡へと移り変わる舞台のスケール、すれ違いのダイナミズムを感じることができます。夏の思い出にぜひ!

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう)
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。86年、「傾城阿波の鳴門」おつるで初舞台。今回の「生写朝顔話」では第2部「薬売りの段」を務める。

※「生写朝顔話」は7月18日~8月3日、大阪・国立文楽劇場。第2部は午後2時、第3部は午後6時開演。公演の詳細は国立劇場チケットセンター(ticket.ntj.jac.go.jp)。

(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日 2015年7月10日号