「ぼけてしまった人を役場に連れていったもん勝ちです。そんなことができる妹が信じられません」
公正証書遺言は、親族以外の第三者の「証人」2人以上の立ち会いのもと、遺言者が口頭で述べた内容を、公証人が文書にして作成する。内容全文と日付、名前を自分で書き、押印する「自筆証書遺言」と違い、死後に家庭裁判所で内容を確認する必要もなく、公的な証書として高い信用力を持つ。
日本公証人連合会によると、公正証書遺言の作成は年々増加していて、14年は10万4490件。20年前の2倍以上になった。法定相続人に確認しなくても作成できるため、頼れる親類がいない人や、特定の親しい人に財産を残したいと思う人たちが利用しているとみられる。
だが、男性の祖母のケースのように、悪用されやすい制度でもある。祖母は、なぜか自宅近くの公証役場ではなく、隣の東京都町田市の公証役場に赴き、妹の知人2人が証人となり、遺言書を作成している。男性の代理人の弁護士は、公正証書遺言作成の実情についてこう解説する。
「多くの場合、事前に打ち合わせがなされ、遺言者は初めて会う公証人に対し、『はい』と言えば済む。男性の祖母も、事前に教えた内容を話すくらいならできたのではないか。当日、どんなやり取りがあったのかを、部外者が明らかにすることは非常に難しく、『認知症だった』と周囲が言うだけでは、公正証書遺言を覆すだけの決定的な証拠にならないのです」
公証人は裁判官や検察官のOBが大半だが、本人と接する機会が限られる上に、認知症のレベルと本人の意思を見極めるための具体的な基準がなく、本人の遺言能力がはっきりしなくても、とりあえずは作成に応じてしまうケースが散見されるという。そのため、公正証書遺言の作成件数の増加に比例し、トラブルが増えているのが現状だ。
(本誌・古田真梨子)
※週刊朝日 2015年6月26日号より抜粋