ジャーナリストの田原総一朗氏は、イスラム国が日本人2人を人質にした事件についてこう語る。
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湯川遥菜氏と後藤健二氏という2人の日本人が“イスラム国”に人質として拘束された。イスラム国は72時間以内に日本政府が2億ドルを支払わなければ2人を殺害すると脅迫するビデオをインターネットで公開。
“日本の首相へ 日本はイスラム国から8500キロ以上も離れていながら、進んで十字軍に参加した。われわれの女性や子供を殺害し、イスラム教徒の家を破壊するのに、得意げに1億ドルを提供した。また、イスラム国の拡大を阻止しようとするために別途1億ドルを拠出した”
こう非難し、2人の生命を救いたければ、イスラム国に同額の2億ドル(約235億円)を支払えと要求したのである。イスラム国は、アルカイダ系などのスンニ派過激派勢力が2006年に合流した旧イラク・イスラム国を前身としている。
米軍の掃討作戦で一時は弱体化したのだが、シリア内戦の間に組織として勢いを取り戻したのであった。
最高指導者とされているアブ・バクル・アル=バグダディは14年6月にムハンマドの後継者としてカリフを名乗り、イスラム国家の樹立を一方的に宣言した。シリア北部のラッカを“首都”として、統治は極端なイスラム法の解釈に基づき、酒もたばこも禁止で、違反すると刑務所に入れられるということだ。
イスラム国はイスラムの大義という抽象的な理念を掲げてはいるが、シリアやイラクの政府を転覆させようとしている過激勢力で、言うなればテロ集団である。そしてアメリカの呼びかけでサウジアラビアやヨルダンなどイスラム圏の国々まで参加している“対テロ戦争”に対抗するために、組織を分散化し、組織間のつながりを極力減らす、“ローン・ウルフ”型の個別テロを世界各国で行おうとしている恐るべき存在である。安倍首相はエジプトやヨルダン、イスラエル、パレスチナ自治政府など中東の国々を歴訪し、イスラム国対策として2億ドルの支援を表明したが、これは難民への食料や医療支援、学校、職業訓練所などを建設するための援助であり、イスラム国の非難は全くの筋違いである。
安倍首相は記者会見で「許し難いテロ行為に強い憤りを覚える」と述べ、支援は“十字軍”とは全く違って、中東地域の避難民が命をつなぐための非軍事の支援を続けていく、と強調したのである。では、具体的にイスラム国の「2億ドル出せ」という要求に政府はどのように対応すべきか。
各紙の社説はいずれも慎重である。2人の救出にできる限りの手段を尽くすべきだ、と強調しているが、イスラム国が話し合いに応じる可能性は極めて低いであろう。
1977年9月に、日本赤軍による日航機ハイジャック事件、いわゆるダッカ事件が起きたとき、当時の福田赳夫首相は「人命は地球より重い」として600万ドル(約16億円)の身代金を支払い、服役中の赤軍派の人間を釈放した。そして諸外国から“弱腰”だと批判された。
現在でも国内には「2億ドルを支払って2人の日本人の命を救うべきだ」とする意見が少なからずあるはずである。だが、福田首相の時代とは状況が大きく変わった。2億ドルを支払うことは、アメリカ、ヨーロッパ、そして中東の、イスラム国と戦っている国々に対する裏切り行為になるのではないか。危険なシリアに入った2人は、自分たちの行動に責任を持ってはいるのであろうが……。
※週刊朝日 2015年2月6日号