警察に押収された偽バイアグラ (c)朝日新聞社 @@写禁
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 ニセ薬による被害が相次いで報告されている。インターネットを使えば、個人輸入で簡単に海外から医療用医薬品が手に入る時代になった。だが、安易に手を出すと、そこには命をも脅かすニセモノをつかまされるリスクが潜んでいることを忘れてはならない。

 金沢大学大学院で偽造医薬品の調査・研究に取り組む国際保健薬学助教で薬剤師の吉田直子さんは「こうした被害は氷山の一角」と話す。

「飲んでも何も症状が現れなければ、『この薬は私には合わなかったのか』程度で片付けられてしまう。個人レベルで完結し、表面化しない被害が多数と考えられます。まさに完全犯罪です」

 ED治療薬は現在、バイアグラ、シアリス、レビトラの3種類が市場に出ている。これらを製造・販売する国内4社が09年に発表した鑑定調査によると、インターネットで購入したED治療薬の55.4%がニセモノだった。

 それと気づかないまま服用しているケースはかなりの数にのぼることが予想される。流通拡大の背景にあるのが、購入方法の8割超を占めるインターネットを介した個人輸入だ。

 この個人輸入は、薬事法の規制対象外の行為なので、販売目的でなく個人が自分で使用する場合、規定数量の範囲内であれば医師の処方箋なしで医療用医薬品が手に入ることになる。

 吉田さんは「バイアグラなどのED治療薬は薬事法上、医師の処方箋がないと購入できない医療用医薬品。用法・用量に従わないと重い副作用も心配されます。それが個人輸入であれば、処方箋なしで誰でも買える。無許可の輸入代行業者がインターネットで購入を誘い、便利さを感じた人が『病院の処方薬がネットでも買えるんだ。受診するのも面倒だし……』と安易に手を出してしまう。その結果、税関の目を欺いて通関した偽造医薬品をつかまされ、さまざまな健康被害が出ているのです」と説明する。

 特に多いのがED治療薬だ。厚生労働省が11年度に実施した買い上げ調査では、日本向け販売サイトから購入した69製品のうち18製品がニセモノのED治療薬だった。ほかにも、同省は「個人輸入において注意すべき医薬品等」として抗がん剤のアバスチン、抗肥満薬のオルリスタット、抗インフルエンザ薬のタミフル、抗真菌薬のジフルカンなどを挙げている。

 ニセモノを飲むとどんな健康被害が現れるのか。都内でED専門クリニックを開業する、とある医師に聞いた。

「バイアグラはもともと狭心症の治療薬として開発された経緯があり、血管を拡張させて血流量を増加させる作用があります。これが陰茎周辺に働いて勃起をもたらすわけですが、有効成分過多の場合、全身の血圧が下がりすぎて意識を失ったり、最悪は死に至る可能性もあります。飲んでも効かなかったら、それはラッキーだと思ったほうがいいでしょう」

 有効成分過多以外にも、表示されていない意外な成分が含まれているケースがあり、これが健康被害を招くニセモノ全体の4割を占めるという。

「聖路加国際病院の例がそうです。特に多いのがグリベンクラミドという糖尿病治療薬。血糖降下作用が非常に強く、糖尿病でない人が飲むと突然、低血糖で倒れることがあります。血糖値が50mg/dl以下になると中枢神経症状が現れ、30mg/dl以下では意識レベルの低下から昏睡状態、そして死に至ることもあります。実際に奈良県で、ニセモノのED治療薬との因果関係が否定できない死亡例が11年に報告されています。偽造医薬品を口にするのは危険極まりない行為なのです」

 リスクが身近に迫っている中、今年6月、改正薬事法の施行により劇薬などを除く一般用医薬品のインターネット販売が解禁された。医師の処方箋を必要としない、いわゆるOTC医薬品が対象だが、心配されるのは、効果が高い一方で副作用も強い医療用医薬品のニセモノをつかまされるリスクの拡大だ。

 厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課で違法ドラッグ監視専門官を務める後藤貴浩さんは「インターネットで医薬品を購入できる環境が広がるので、それに付け込んだ良からぬ業者が増加してくる可能性は否定できません」と警戒を強める。

週刊朝日  2014年10月24日号より抜粋