京都大学の新しい総長が決まった。ゴリラ研究の第一人者として知られる山極寿一(やまぎわじゅいち)教授(62)=前理学研究科長・人類学=だ。改革派として鳴らした松本紘総長(71)の後を継ぎ、学生約2万2800人、教職員約5500人の陣頭に立つ。梅雨明けしたばかりの京都で、就任前の思いを聞いた。
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――まずは、おめでとうございます。
山極:ご愁傷さまだね(笑)。研究をまだまだやりたいという思いもあり、執行部に在籍した経験もない。けれど、大学の主役である学生を育て、彼らが活躍できるようにすることが責務だと思っています。
今回の京大の総長選考は、世界的な人材を選ぼうとアジア、ヨーロッパ、米国など海外19の大学、研究機関に候補者の推薦を依頼して行われた。初の試みだったが、外国からはアジアの大学からの推薦1人にとどまり、門川大作・京都市長や堀場雅夫・堀場製作所最高顧問ら外部有識者と教授たち計12人の選考委員による1次選考で見送られた。結局、学内で推薦されていた最終候補者6人の中から、教職員約2250人が参加した投票「意向調査」で最多得票だった山極教授が選出された。
山極:国立大学ですから、「教学」と「経営」という二つのミッションを総長がやらなければなりません。経営は、全く経験がない。ビジネス型の大学経営が主流の時代ですから、マネジメントに長(た)けた方のお話を聞き、勉強中です。執行部の具体的な構想はまだこれから。副学長も経営協議会のメンバーも白紙。ただ、全学組織にしたいとは考えています。京大には10学部、18大学院、31の研究所や教育研究施設があるので、全部局の意見を集約できる体制をつくろうと。委員会や懇談会を多く開くつもりです。
――6月に、大学の総長(学長)の権限を強める改正学校教育法が国会で成立しました。少子化とグローバル化の進む時代を勝ち抜くためのリーダーシップを発揮させる狙いです。
山極:時代の流れに即した改革をするためには、スピードが必要です。全部局の意見を聴きながら進めていてはスピードが遅くなる、という指摘はあるでしょう。しかし、意見を無視して、信頼感を喪失しては改革そのものに支障が出ます。ゴリラの社会には『ボス』はいません。いるのは、リーダーです。リーダーのオスは、強さを誇示するだけではなく、メスや他のオスたちをよく観察し、外敵から仲間を守り、集団を維持し、みんなから頼りにされている。文部科学省が言う「リーダーシップ」も、信頼の負託があってこそ発揮できるものだと思います。
――松本総長は、有望な若手研究者に給与や研究費を支給し、5年間研究に専念してもらう「白眉プロジェクト」や、「霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院」の新設などを手がけました。ご自身は、どんなプランをお持ちでしょうか。
山極:私自身が、研究を続け、何より学生と関わっていたいという思いが強いので、執行部の教員も、現場との兼担にできないかとは思っています。理事や副学長になって、学生から離れてしまうのではなく、ともに学ぶ環境を維持したい。私も総長の仕事に支障がない範囲で、研究を続け、講義もできたらいいですね。ただ、まずは松本総長が手がけられたことを、私の味のある将来構想に盛り込み、発展させていくことを考えたいと思っています。
――どんな学生を育てたいですか。
山極:京大のモットーは「自学自習」。これは今も変わっていません。けれど、学び方が大きく変わってきている。インターネットに幼いころから親しんできた学生たちにとって、知識や技術は「人」に教わるものではなくなっているように感じます。ネットだけで完結している。けれど、宝物はひとりで見つけることはできません。私は、ゴリラを追いかけて、各地でフィールドワークを続けています。現地では、周囲の人とコミュニケーションを取り、互いの発見について討論し、学びを深めていく。そのおもしろさの先に宝物はあります。この過程を踏まえ、オリジナリティーに富み、世界の誰も考えていないことを実践できる学生を育てたいですね。常に、相手は「世界」です。人間以外の動物は、教育をしません。例外的に、ライオンが傷ついた獲物を捕らえずに、子どもに追いかけさせて技術向上を助けたり、チンパンジーが木の枝を使ってシロアリを取るなど道具を使うときに、子どもに見本を示したりする「教示行動」がありますが、ほんのわずかです。それも血のつながりのある親子の間で行われるだけです。人間が教育するのは、高い共感力があるからです。将来、自分がどうなっていたいかを描き、目標を立てることができる。その思いで進むうち、他者の知識の欠陥を埋めたいと思う。つまり教育とは、「おせっかい」なんです。大学とはその最たるものだと思っています。
※週刊朝日 2014年8月8日号より抜粋