「犯人はロシアが支援するウクライナ東部の親ロシア派だ」とアメリカに断定されているウクライナ東部で起きたマレーシア航空機撃墜事件。苦境に立たされているプーチン大統領だが、ジャーナリストの田原総一朗氏は自身のためにも犯人を明らかにせよという。
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今回のマレーシア航空機撃墜事件で「何をバカなことをやらかしたのか」と世界中で最も怒り狂っているのは、ロシアのプーチン大統領だ。
マレーシア航空機を撃墜したのは、ウクライナの親ロ派武装勢力による地対空ミサイルで、ロシアから運び込まれたことはほぼ確定的だ。1万メートル上空を飛ぶ飛行機を軍用機と間違えたのだろうが、大失態である。
シリアのアサド政権側が、反政府勢力に毒ガスを使ったことが判明したとき、アメリカのオバマ大統領は「レッドラインを越えた」と宣言した。この宣言は、つまりアサド政権側を攻撃する、少なくとも空爆するという宣言である。
ところが、イラク戦争の手痛い失敗に懲りているアメリカ国民の多くはシリア攻撃に批判的で、反対デモも起きた。それでも共和党の大統領ならばシリア空爆を敢行したのであろうが、オバマ大統領は決意をためらって、議会の審議に決定を委ねることにした。しかし、上院は民主党が多数を占めているが、下院は共和党が多数派で、否決される可能性が高く、オバマは困窮してしまった。
すると、ロシアのプーチン大統領がアサド大統領と交渉し、アサドが謝罪し、化学兵器を国際機関の監視下に置くことを納得させてしまった。プーチンが世界に存在感を示し、オバマはすっかり影が薄くなってしまったのである。さらに、イラクでスンニ派の過激勢力が内乱を起こし、国土が3分割されるという惨憺たるありさまとなって、「イラク戦争を始めたブッシュも悪いが、中途半端で兵を撤退させたオバマも悪い」ということになり、オバマの存在感はいよいよ希薄となった。
それに対してプーチン大統領は、ウクライナの親ロ政権がつぶされて、新政権がEUに加盟する姿勢を示すと、明らかにロシアの軍隊の管理下でクリミア半島の住民投票を行わせ、堂々とロシアに編入してしまった。アメリカや、ロシアから天然ガスの供給を受けているEUは、通り一遍の批判しかできなかった。プーチンの決断と行動力ばかりが目立つことになったわけだ。
そこで図に乗ったプーチン大統領は、ウクライナ東部の親ロシア勢力が強い地域にも、ロシア軍の可能性が高い武装集団を送り込んでウクライナの内戦をあおった。プーチンは、ロシアからのガスなしではやっていけないEUの弱みと、オバマ大統領の決断力のなさを読み取っていたのである。
そんなときに、マレーシア航空機撃墜事件という大失態が生じたのである。乗員・乗客298人が死亡した。プーチンとしては、「ロシアはウクライナ東部の武装勢力を管理し得ていない。ロシアに責任はない」と弁明したいのだろうが、弁明をすればするほど、プーチン大統領糾弾の矛先は厳しくなる。
墜落現場を調べているOSCE(欧州安保協力機構)監視団によれば、「尾翼や操縦室などの機体の残骸に切断された跡がある」ということで、ウクライナ政府は「親ロシア派武装集団だけでなく、ロシア軍関係者も証拠隠滅にかかわっている」と発表している。こうなるとEUもプーチン糾弾の勢いを鈍らせるわけにはいかず、オバマ大統領としては存在感を示す千載一遇の機会である。
プーチン大統領は撃墜した犯人集団を明らかにし、ロシア軍との関係究明に本気で取り組まないと、自身の政治生命が危なくなるであろう。
※週刊朝日 2014年8月8日号