オバマ大統領が来日していた24日、ある事案が解決にいたっていた。田原総一朗氏がそのことにこう指摘する。
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オバマ大統領が4月23日に米大統領としては18年ぶりに国賓として来日し、24日に約1時間40分、元赤坂の迎賓館で安倍首相と会談した。
昨年12月に安倍首相が靖国神社を参拝し、米政府が「失望した」と表明して以来ぎくしゃくしていた両首脳の関係が修復されるかどうか、両国の少なからぬ国民が注目していたのだが、オバマ大統領は会談後、日米の強い協力で「同盟関係にさらに強い進展があると確信している」と強調。問題の尖閣諸島について、「尖閣諸島を含めて日米安保条約第5条の適用対象になる」と明言した。この言葉を熱望していた日本側は、「日米首脳会談は成功」ととらえたようだ。ただし、TPPの閣僚協議では合意に至らず、オバマ大統領が離日する寸前に「合意に向けて大胆な措置を講じる決意がある」という共同声明を出す形となった。
ところで同じ24日、私が気をもんでいたニュースが一応の解決をみた。中国の上海海事法院が4月19日、日本の商船三井の鉱石運搬船「バオスティール・エモーション」を浙江省の港で差し押さえた問題だ。
上海の船会社が1936年、大同海運という船会社に船2隻を賃貸する契約を締結したが、その際の賃貸料が未払いだとして親族が賠償を求めて裁判を起こしていた。2隻は賃料が払われないまま旧日本軍に徴用され、44年までに沈没した。大同海運とは商船三井の前身。そこで、船会社の親族が商船三井に約330億円の損害賠償を求めて提訴したのだ。
商船三井側は「船舶は旧日本軍に徴用されていて、賠償責任はない」と主張したのだが、海事法院は大同海運が船舶を不法占有したと認定し、2007年に約29億2千万円の賠償を商船三井に命じた。10年には上訴審で一審支持の判決が出ていたが、商船三井は賠償を拒否し続けていたのだという。
最近、戦時中に日本軍に強制連行されたとする中国人の元労働者や遺族たちが日本企業に損害賠償を求める訴訟が相次いでいる。こうした訴訟は、実は以前から起きていたが、中国の裁判所は受理しないできた。
中国は1972年に田中角栄首相が日中国交正常化を行った際、「戦争賠償請求は放棄する」と言明していた。そのため、中国の裁判所は訴訟をいずれも却下してきたが、今年の3月18日に、元労働者たちの損害賠償請求の訴えを受理したのである。中国の日本に対する姿勢が変わったということなのだろうか。
日本側は菅義偉官房長官が72年の日中共同声明を示し、「損害賠償請求の受理は日中共同声明の精神に反する」と反発。今回の商船三井の船舶の差し押さえについても「日中共同声明の根底を揺るがしかねない」と、強い遺憾表明をした。
これに対し、中国側は、「戦争賠償とは異なる。企業と企業の契約の問題だ」と主張した。今回の差し押さえは唐突で私は少なからぬ不快感を覚えたが、それより、日中関係がさらに悪化することが心配だった。そこへ、商船三井が金利分を加えて約40億円を支払い、船舶の差し押さえ措置が解除されたという情報が入ってきた。外務省筋に確かめると、この件はあくまで特殊なケースで、こうした訴訟が他に広がることはないという。
オバマ大統領も会見で日中関係が改善することを願っていた。商船三井の決着のつけ方に、ホッとしたのではないだろうか。
※週刊朝日 2014年5月9・16日号