アベノミクスで業績が上向き、賃金アップが相次いだ大企業。その一方で、日本企業の約99%を占める中小零細企業は青息吐息の状態である。
東京都大田区の東糀谷(ひがしこうじや)。京急空港線の大鳥居駅を降りると、目に入るのが高層マンションだ。駅周辺は開発されて都会的な雰囲気が漂う。
しかし、路地裏に入ると、光景は一変した。古びた町工場はどこもシャッターを下ろし、昼間なのに人通りは少ない。時折、何かを削る音や機械の動く音が、かすかに聞こえてくる。
「60年以上、商売をやっているけど、今が最低だよ。本当は働きたいんだけど、仕事がない日はどうしても休憩時間が増えちまう」
と話すのは金属加工業を営む高橋功さん(仮名・76)。シャッターが開いている工場をようやく見つけ、話を聞いた。紺の作業ズボンに色落ちしたジャンパー、かぶっている野球帽はくたくただ。休憩室の小さなテーブルの上に置かれた灰皿には、吸い殻がたくさんたまっていた。
「休憩ばかりしていると、吸い殻だけが増えていくよ」
父の代から会社を始めて、高橋さんで2代目だという。従業員は自分をふくめてたった2人。主に大手鉄鋼メーカーなどに機械部品を卸す孫請け業者だ。
「青森や島根の原子力発電所で使われる部品を作っていたこともあった。でも、今はほとんど仕事がない。ほぼ赤字の状態だよ」
東南アジアの国々に加工技術で追い越されて、徐々に仕事を奪われてしまったという。
工場内には広い空間に機械だけがたくさん置かれていた。静けさの中に古い油のにおいが充満している。高橋さんは、語気を強めてこう訴える。
「中小零細企業は涙が出るほどつらいんだ。今はずっと暗いトンネルを走り続けているようなもんだ」
大田区では全盛期に約1万の町工場があったが、今では約4千まで減少しているという。日本の景気は回復しているのだろうか。
第2次安倍政権が発足し、アベノミクスに浮かれるニッポン。異次元の金融緩和による円安効果で上場企業の業績は回復。ことしの春闘では基本給を上げるベースアップが相次いだ。
だが、ちょっと待ってほしい。それはあくまで大企業のハナシだ。中小零細企業は、依然として回復のメドが立たないままなのだ。
驚くべき数字を紹介しよう。中小零細企業の目安となる総資本1億円未満の企業の赤字の数だ。帝国データバンクの調べによると、なんと約6割が赤字に陥っているのだ。債務超過に陥っている企業も珍しくないという。
帝国データバンク情報部の内藤修記者が解説する。
「アベノミクスの波及効果は、中小零細企業にまで及んでいません。逆に、円安になったせいで、原材料の仕入れコストが上昇し、経営環境は以前より苦しくなっているといえます」
円安の恩恵を受けるのは、輸出産業の多い大企業だけ。内需向けの中小零細企業にとっては、むしろ逆風にしかならないのだという。
※週刊朝日 2014年5月9・16日号より抜粋