安倍晋三首相(59)による集団的自衛権の憲法解釈の見直し作業が本格化する。その先には祖父岸信介元首相の宿願でもあった憲法改正を見据える。「日米安保体制研究」や「岸研究」の第一人者である東京国際大の原彬久名誉教授は、祖父と孫、2人の類似点を尋ねた。
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安倍さんが2006年、首相に就任する前、政策集ともいうべき『美しい国へ』(文春新書)を出版しました。これを読んだときに「安倍の中にはしっかりと岸がいるな」とつくづく思いました。それだけ2人の考え方はよく似ているんです。
安倍さんには祖父への憧れがあります。1960年に日米安全保障条約(日米安保条約)を改定する際、安倍さんは時々、東京・南平台にあった岸信介さんの自宅に遊びに行きます。自宅はデモ隊に囲まれていますが、その中で政治家として苦労する姿を見てきた。そんな激動の幼児体験があります。また出身である長州(山口県)的な政治風土を意識しているところがある。吉田松陰が愛読した『孟子』には、「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も吾(われ)往(ゆ)かん」という言葉があります。岸さんが好んだ言葉であり、安倍さんにも、そうした思想が流れているのかもしれません。
祖父と孫、2人の政治目標は、米が進めてきた占領政策をいかに克服するかです。岸元首相は一貫して「サンフランシスコ体制」の打破を目指し、安倍首相も「戦後レジームからの脱却」を掲げている。
岸さんの戦後政治家としての出発点は、A級戦犯として3年3カ月、巣鴨プリズンに収監されたことでした。「米に対して戦争責任があるとはちっとも思っていない」と言っており、親米ではありません。釈放後は、吉田さんがサンフランシスコで講和条約と同時に締結した隷属的な日米安保条約の改定に力を注ぎます。吉田さんの安保条約は日本が米に基地を提供するが、米が日本を守ることは明文化していない。米に相当有利な内容でした。
安保改定は、この「サンフランシスコ体制」を壊すためのものです。でも新安保条約も岸さんにとっては満足するものではなかった。憲法を改正し、集団的自衛権がきちんと行使できるようにならないと、完成しないと考えていたんです。
その憲法については、制定の経緯からして間違っていると主張していました。改正するには国会で数を取らないといけない。そのために政界再編だ、保守合同だとなるわけです。
安倍さんが今歩んでいるのも同じ道です。同じく必ずしも親米ではない。戦後レジームの象徴である憲法の改正をゴールに置き、その前に、集団的自衛権の行使を解釈変更で可能にする。岸さんの安保改定は未完成交響曲であり、未完成部分について孫はよくわかっています。憲法改正し、堂々と集団的自衛権の行使が許されるようにしたい。そこまでが難しいのであれば、少しでも近づけたい。首相の私的諮問機関として立ち上げた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」は、そのためのものです。
※週刊朝日 2014年2月21日号