2013年末、突然靖国神社を参拝した安倍首相。ジャーナリストの田原総一朗氏は、その意味をこう考える。

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 安倍晋三首相にとって、2014年は彼の2大課題の正念場となる。

 一つはアベノミクスだ。バブル崩壊以来、日本のほとんどの経済学者たちは、もはや日本経済は成長しないと捉え、「失われた20年」もやむをえないと、あきらめてきた。アベノミクスはそれに対するチャレンジだ。経済を成長させ、景気を良くするというわけだ。だから、多くの経済学者たちが「アベノミクスはバブルだ」と批判しているのである。

 アベノミクスには3本の矢があり、1本目の矢は円を大量に発行し、そのための国債を最終的には日銀が引き受ける。2本目の矢は、公共事業で需要をつくる。

 このことによって円が安くなり、株価が1万5千円台に急騰した。「失われた20年」のあきらめムードは大きく変わった。景気が良くなるとの期待感が高まり、地方経済や中小企業の業績も好転している。

 私は安倍首相のチャレンジを評価しているが、国民は景気が良くなったと実感できるかどうか。2014年は、まさに正念場になるはずだ。

 もう一つの課題は、「戦後レジームの転換」である。

 戦後、特に池田勇人元首相以来、日本は「富国」に専念してきた。経済成長で国民の生活を豊かにすることにエネルギーを集中させてきたわけだ。そのために、世界の奇跡と称された高度成長を成し遂げ、しかも長期間、持続させることができた。

 そのかわり、安全保障、つまり防衛はアメリカを頼ってきた。日米安全保障条約にも、日本への武力攻撃に日米が共同で対処するとは書いているが、日本がアメリカの危機に対応するという文言はない。自民党が発足したときの綱領には「憲法改正」をうたっているが、表立って議論されたこともなかった。

 だが、安倍首相は情勢が大きく変わったと認識しているはずだ。オバマ大統領のアメリカは世界の警察としての役割をやめた。現にシリアの内戦でも何もできず、ロシアのプーチン大統領の活躍の裏でかすんでしまった。日中、日韓の対立という緊迫した極東情勢にアメリカの力は借りられそうもない。従来の平和主義から積極平和主義に転じ、自前で対処するしかないのだ。安倍首相はこう確信しているはずだが、第1次安倍内閣では強調した「戦後レジームの転換」という文言を、第2次安倍内閣では口にしてこなかった。情勢は第1次のときよりもはるかに緊迫しているにもかかわらず、である。

 安倍首相は、祖父の岸信介元首相が、吉田茂元首相の結んだ日米安保条約を大きく改善したにもかかわらず、いわば暴力的なデモによって政治生命を絶たれたことをよく知っている。悲願だった憲法改正に手をつけられなかった悔しさも。だから、安倍首相の目標は当然ながら「憲法改正」である。その安倍首相が、「戦後レジームの転換」を口にしなかったのはなぜなのか。

 安倍首相は憲法改正をするには長期政権でなければならないことがわかっている。そして、小泉純一郎元首相以降のどの首相も1年ほどしか続かず、何の成果も残せなかったことを熟知している。だからこそ、慎重の上にも慎重を期してきたのだ。

 ところが、安倍首相は12月26日、現職の首相としては小泉元首相以来7年ぶりに、靖国神社に参拝した。2014年は慎重姿勢をやめ、「戦後レジームの転換」に決着をつける覚悟を示したと言えるだろう。

週刊朝日 2014年1月17日号