日頃意識することは少ないが、呼吸するたびに外界と接する「肺」は、常に危険にさらされている。特に秋には、長引く咳に苦しむ人々が病院を訪れるが、その多くは咳ぜんそく・気管支ぜんそくだと、池袋大谷クリニック院長・大谷義夫氏はいう。
ぜんそくとは、肺の内部にある気管支の内壁に炎症が起こり、空気の通り道が狭くなる病気である。ヒューヒュー、ゼーゼーと呼吸音がして息苦しくなる「気管支ぜんそく」がよく知られている。その前段階を「咳ぜんそく」といい、あるきっかけで激しい咳が出て、一度出ると止まらなくなるのが特徴だ。
「秋になると咳ぜんそくの症状を訴える患者さんが増えますが、それは夏にくらべて気温や気圧の変化が激しいからです。台風が近づくとぜんそくがひどくなるというのは昔から有名で、これも秋に咳ぜんそくが増える要因のひとつと考えられます」(大谷氏)
さらに、高温多湿な夏に増殖したダニが秋に死骸となり、吸い込まれやすくなることも一因だ。死ダニやハウスダストは秋に発症するアレルギーの原因となるが、咳ぜんそくを誘発する原因にもなる。
その他、ぜんそくの咳が出やすいのは、肺に入り込む空気が変化したときだ。電車に乗ったり部屋を移動したりしたときは、まさに周囲の空気が急変するので咳が出やすい。しゃべったり笑ったり、運動したりしたときは、空気が口中で温められる間もなく冷たいまま肺に入ってくるので、やはり咳き込みやすい。たばこや線香の煙、ラーメンや風呂の湯気を吸い込んだときに咳き込む人もいる。とにかく、あらゆる刺激が咳を引き起こす要因となりうるのだ。
「クリニックに香水のキツイ女性が入ってきたら、待合室の患者さんが一斉に咳き込んだ……なんてこともありました。ちょっとした刺激で咳が出て、しかも止まらなくなるのが咳ぜんそくなのです」(同)
そもそも、咳はなぜ出るのだろうか? 空気を吸い込むと、気管を通って肺の中に入り、細かく枝分かれした気管支によって肺の隅々まで広がる。気管支の先端には肺胞というスポンジ状の袋があり、そこで酸素と二酸化炭素が交換される。酸素は血管に吸収されて全身に運ばれ、二酸化炭素は吐く息となって体から排出される。
このように、肺は全身に酸素を供給するという重要な役割を担っている。肺のどこかに障害が起これば、酸素不足により全身に弊害が出かねないのだ。
そんな重要な臓器でありながら、外気にさらされているのだから、異物には敏感に反応しなければならない。実際、気管支の内壁には神経が通っていて、なんらかの異物を感知すると反射が起こる。咳はその反射、つまり異物を排除するための防御反応だと考えられる。
「咳は、痰や異物を肺から排除する役割をもっているわけです。だから私たち医師は、むやみに咳止めの薬を使いません。いわば、咳は私たちの肺を、ひいては体を守っているのです」(同)
とはいえ、咳ぜんそくの咳はやっかいだ。炎症によってむくんだ気管支の内壁は過敏になり、ちょっとした刺激にも反応してゴホゴホと激しい咳が出る。刺激となるものが何もないのに、深夜や明け方に突然咳が出て止まらないこともある。
進行すると、内壁はさらにむくんで厚くなり、息の通り道が細くなって呼吸困難に陥る。これが気管支ぜんそくである。気管支ぜんそくが完治する可能性は数%と言われており、発症すればほとんどの人が数年おきにくり返す発作と一生付き合わざるをえない。特に65歳以上は重篤になりやすく、年間約2千人の死亡者が出ている。
その恐ろしい気管支ぜんそくを避けるためには、咳ぜんそくの段階で治療することが肝心だ。咳ぜんそくのうちなら、吸入ステロイドなどの投薬治療により数週間から数カ月、遅くとも1年以内には治る。
「一度出ると止まらないような激しい咳が3週間以上続いたら、咳ぜんそくを疑ったほうがいいでしょう。風邪の咳なら1、2週間で治まりますから、3週間がひとつの目安です。また、風邪なら四六時中ゴホゴホいうものですが、ぜんそくの咳は夜中や明け方など特定の時間帯に集中的に出ます」(同)
さらに、先に述べた気温の変化や匂い・湯気といった刺激から咳が誘発されるのもぜんそくの特徴だという。「たかが咳」と軽く考えるのではなく、早めに呼吸器科を受診することをおすすめしたい。
※週刊朝日 2013年11月1日号