アシスタントをしていた部下がクライアントに渡した資料を見て、ハッとした。
「やめてくれ……」
マーケティング関連会社に勤務する30代の男性が、部下の20代男性社員を伴って取引先企業と打ち合わせをしていたときのこと。部下が差し出したプリントは、インターネット上の百科事典サイト「Wikipedia(ウィキペディア)」の記事をそのまま印刷したものだった。
気心の知れた間柄ならまだしも、取引先に渡す資料がウィキペディアの記事は「ありえない」。
「ウィキの内容は、いわば伝聞のようなもの。それをそのままクライアントには渡さないでくれって、心の中で叫びました。打ち合わせ後に当の本人に指摘しても、『何でダメなんですか?』みたいな感じで」
わからない言葉をネットで検索すれば、たいてい検索結果上位に表示されるウィキペディア。手軽に利用できるだけでなく情報量が豊富なので、
「ウィキには、そう書いてありました」
とその情報を100%信じて強気に断言する人も増えた。ウィキペディアだけの知識で自信たっぷりの「ウィキ馬鹿」だ。
情報の信頼性という点で、ITジャーナリストの井上トシユキ氏は、こう評価する。
「以前と比べて記事の正確性は格段に高まり、中立性も保たれるようになりました。利用者が多い通販サイトや口コミサイトではヤラセが発覚するなど公平性が疑われるなか、有志のたゆまぬ努力の結果、ウィキの信頼性は高まってきたといえます」
ただ、情報の更新を人々の自主性と善意に頼っている半面、その内容が間違っていても誰の責任も追及できない。記述の誤りが指摘されることもしばしばだ。
井上氏はこうも言う。
「そのウィキの情報を鵜呑みにする人が多いのも、事実です」
※AERA 2012年10月1日号