車窓は徐々に明るくなってはきたが、沿線の人家はまばら。これから訪れるのは、朝と夜に計2往復しか列車が停まらない駅で、前に通りすぎたさいに駅舎やマトモなホームすらないことを目撃している。到着後、1時間17分後に逆方向への停車列車があることはわかってはいるものの、駅員の驚きが徐々に身に染みてくるのであった。
そんな駅だからか、車内放送の自動音声はなく、車掌の肉声のみ。降りたのは当然のように私ひとりだったが、降りてみれば彼方に数軒の民家が見えるほかはホントなにもない。周囲は山で、小さな盆地の底に駅があるといった風情だ。季節は厳冬期。線路に沿って流れる洛東江(ナクトンガン)はカチンコチンに氷っている。小さな待合室があるのが救いではあるものの、満足できる“秘境駅”というのはこういう駅を指すのだろうなとも思う。
……というのは2012年1月の出来事だが、その後の変化には驚かざるをえなかった。
翌2013年4月に観光列車「V-train」がデビューすると、この両元駅が目玉のひとつとしてクローズアップされることとなったのである。
「V-train」については別の機会に改めたいが、両元駅での観光停車時間まで設けられ、さっそく取材に赴いたさいには屋台で軽食がふるまわれたり、お土産の販売などで賑わっていた。さらに定期「ムグンファ号」も全便(といっても3往復だが)が停車するようになり、かつての訪問困難駅がすっかり様変わりしたのであった。
両元駅は道路が整備されていないため、周辺のごく限られた住民のために臨時乗降場として設置されたという。それは現在でも変わらず、周囲にこれといった観光ポイントがあるわけでもないのだが、そんな駅がいまや観光スポットとして人々を集めているのである。
韓国には、ほかにも忘れられたような小駅や、廃止されたのかどうかも知れないような駅が多数あり、韓国人のブログなどを見ると、そんなところへの探訪を楽しむ人も多いようだ。かの国でも、鉄道趣味や鉄道の旅を楽しむ文化が育っているのかもしれない。
それにしても、こんなきっかけでもなければ訪れるハズもない異国の田舎。方やごくありふれた農村であり、方や山あいの集落ともいえない集落である。そんな想定外の出会いが待つのも鉄道の旅の面白さとはいえないだろうか。(文/植村 誠)
植村 誠(うえむら・まこと)/国内外を問わず、鉄道をはじめのりものを楽しむ旅をテーマに取材・執筆中。近年は東南アジアを重点的に散策している。主な著書に『ワンテーマ指さし会話 韓国×鉄道』(情報センター出版局)、『ボートで東京湾を遊びつくす!』(情報センター出版局・共著)、『絶対この季節に乗りたい鉄道の旅』(東京書籍・共著)など。