最初の呼び捨ては、できれば何かの言葉の末尾につけるのが理想であろう。会話の最後にさりげなく呼び捨て。「冬って好きなんだよね。空気が澄みきっていてさ。刺すような寒さが逆に気を引き締めてくれる、そんな気がするんだよ。陽が短いのも好きなんだよね。だって夜が長いってことだろ? 長くなった夜を、一緒に生きてみないか奈美」。ごめん失敗。例文失敗。これだと距離が縮まる前に通報される。なんかどこかに通報される気がする。おそらく奈美ちゃんからは「キモイ。死ねばいいのに」とかって言われる。

 かように「人の呼び方」の裏には悲喜こもごものドラマが隠されている。息子が幼稚園に行ってる間、久々に2人きりになったので、「お父さん」「お母さん」ではなく下の名前で呼び合おうと提案したら、即答で「イヤだ」と妻に断られた経験を持つ僕は、今後も「人の呼び方」に蠢く人間模様を探求していこうとあまり思っていない。(文/佐藤二朗)

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佐藤二朗

佐藤二朗

佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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