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「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第15回は「機内安全ビデオ」について。
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飛行機に乗ると、離陸前、「シートベルトの使い方」、「避難方法」などのビデオが流れる。機内安全ビデオというらしい。
正直、あれはつまらなかった。各航空会社の内容はほぼ同じだった。安全のために、放映することが義務づけられているのだろうが、毎回、同じものを観なければならない。離陸前から映画を観ることができる航空会社もある。はじまったばかりの映画が突然、機内安全ビデオに切り替わると腹立たしくなる。
どれほどの人がまじめにあのビデオを観ていただろうか。
それは航空会社も気づいていたのだろう。最近はなにかと趣向を凝らした演出が加わってきた。全日空は歌舞伎版が登場する。歌舞伎役者が重そうな衣装を身に着け、シートベルトのつけ方や、トラブルのときの脱出法などを演じている。
僕がはじめてこの種の機内安全ビデオを観たのは、ユナイテッド航空だった。屋外での結婚式のシーンが設定され、参列者が椅子に座ってシートベルトをつける場面では、「ふう~ん」と思った。その後、各社がこぞって、機内安全ビデオの演出に走った。
しかしシートベルトや酸素マスクが降りてくるといった説明を省くわけにはいかないから、どうしても無理がある。
台湾のエバー航空の機内安全ビデオは、モダンバレエバージョン。しかしモダンバレエで避難方法を表現するのは難しく、途中から苦しい演出になってしまっている。
先日、中国の成都から上海まで、中国のチベット航空に乗った。そのビデオは、なかなか大胆な演出だった。パイロットや客室乗務員が制服姿のままヒマラヤの雪山を登るのだ。酸素マスクは、チベットの青空のなかから唐突に降りてくる。ヒマラヤを全面に出したいPR精神は認めるが……。