絶妙な距離感に思えるのは、日本武道館や両国国技館、大阪府立体育館などだろうか。「曲のサビを聴き終えたあたりでリングイン」という、丁度良い塩梅で入場できる。また昔ながらに赤と青、両コーナーからの入場には伝統感やドラマ性すら感じる。客席奥からアリーナに入って来た時の盛り上がりは鳥肌もの。また日本武道館のトビラ内側で入場を待つレスラーを捉えた映像などは、テレビ中継独特の醍醐味でもある。
かつてハンセンが新日本から全日本へ移籍した際、何の前触れもなくブルーザー・ブロディ(新日本、全日本他)のセコンドについた。入場を待つ2人の背中が突然映し出された瞬間は、いまだ語り継がれる名シーンだ(81年12月13日、ドリー・ファンク・Jr.、テリー・ファンク組vsブロディ、ジミー・スヌーカー組、蔵前国技館)。
近年、残念なのは多くの会場で入場導線にも柵が設置され、レスラーとファンの物理的距離があること。警備上仕方がないが、かつてのようにファンが殺到したり、悪役レスラーが観客席を徘徊するシーンはあまり見なくなった。
ブロディがチェーンを振り回す。タイガー・ジェット・シン(新日本、全日本他)がサーベルを手にファンを追う。レスラーに近づくためにヤンチャしたファンを、新日本ヤングライオン(若手選手)がどやしつける。そんなところにもレスラーとファン、双方向のつながりを感じたものだ。
『雪の札幌テロ事件』とも呼ばれる、藤原喜明による長州力の入場襲撃。試合に関係ない藤原が入場時の長州を血ダルマにしたこのシーン、周囲に集まったファンの間から時折見える藤原の姿が、猟奇的にすら見えた。これもファン殺到によって生み出された空間だ(84年2月3日、長州vs藤波辰巳、札幌中島体育センター)。
最近では米国・WWEの影響もあり場内演出に力を入れた、いわゆるエンターテインメント化が日本でも当たり前になってきた。しかしそうなる以前、曲をかけるだけの入場だった頃の映像を見てもレスラーの凄み、カッコよさ、色気など、多くのものが伝わってくる。