アジアとの関係重視や和解、「歴史問題」などについての発言も多い緒方さんだが、歴史問題で揺れる日韓関係をめぐって2014年4月、研究者仲間でもあるハーバード大のエズラ・ヴォーゲル教授、韓国の韓昇洲元外相と連名でワシントン・ポスト紙に投稿している。タイトルは「過去の傷を洗い流し、日韓はともに協力できる」。戦後、急速な経済成長を成し遂げた日本を名著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で描いたヴォーゲル氏は、投稿の直後、私のインタビューに答え、1937年の南京事件の犠牲者数をめぐる議論についてこう語ったことがある。
「もし『30万人だ』という見方に対して日本側が『それほど多くない』といえば中国人は怒る。問題は数が少なくても、旧日本軍がとった行動自体は正当化されない、ということです」
「僕が日本人なら、こう言うだろう。被害者数については様々な見方がある。それでも当時の日本人、旧日本軍の兵隊が中国人に対して悪いことをした。日本人はもう二度としません、と」
緒方さんも、とかく感情的(エモーショナル)になりがちな日中、日韓関係について、こう語る。
「ひとつには日本の優越感があると思うのです。確かに近代化はアジアで一番早かったかもしれないけれど、いつまでも日本がナンバーワンで居続けるわけがない。日中、日韓、あるいは日米関係の上で初めて日本の将来があるということを徹底しないと。『持ちつ持たれつ』でいくことの意義を考えるべきです」
■現場主義はテニスの体力で
緒方貞子さんの平和主義は、理想を掲げながらも常に「リアリズム」に立っている。その裏付けになるのが行動力と徹底した現場主義だ。それは、難民高等弁務官就任直後に起きたクルド難民危機で、早速発揮された。91年2月に着任して4月には、ヘリでクルド難民のいるイラクとトルコ、イランとの国境地帯に乗り込んだ。そこで国境の山岳地帯に流出する難民を見たうえで、緒方さんはこう語る。