転機となったのは、小学校低学年のときだ。いつも相手をしてくれる大人に連れていかれた将棋教室で、のちに師匠となる故・佐瀬勇次名誉九段と偶然対局することになった。
「当時の私は初段あるかどうか。特別強いわけでもありませんでしたが、その時点で師匠から『うちへ来い』と言われました」
小学校低学年にして佐瀬名誉九段に弟子入りした木村王位。小学校6年の時にプロ棋士の養成機関「奨励会」に入会すると、中学2年にして二段になるなど、順調にプロへの階段を駆け上がった。17歳で三段に昇段し、プロ入りの条件となる四段に王手をかけた。
ところが、そこからが長かった。“最難関”といわれる三段リーグから勝ち抜けるのに6年半かかった。将棋協会には年齢制限があり、26歳でプロになれなければ退会となる。
「歳を重ねるごとに、この世界で生きていく寿命が削られていくわけですから、誕生日がくるのが嫌でした。歳下の後輩たちがプロ入りしていくのは屈辱的でもありました」
四段昇格を果たしたのは23歳のときだった。
「プロになる人のなかでは遅い方だと思います。この世界は年齢が若いことが評価される。私もその評価は正しいと思っていましたので、この先活躍することは厳しいだろうと覚悟していました」
その思いとは対照的に、プロ入り後は順調に順位戦のクラスを上げていった。奨励会は一局の持ち時間が1時間半しかなかったが、プロの棋戦はほとんどが短くても3時間はある。戦略をじっくり考えられることも、研究家の木村王位にとってはプラス材料だった。高い勝率を維持し、32歳となった2005年に、初のタイトル挑戦となる竜王戦に挑んだ。
タイトル戦は、タイトル保持者と挑戦者が5番あるいは7番勝負で争う。この挑戦権を得るまでがいばらの道だ。例えば05年の竜王戦では、木村王位はランキング戦で決勝トーナメントへの出場権を獲得し、さらに11人で争われるトーナメントで優勝して、はじめて竜王への挑戦権を得た。つまり、タイトル戦に挑めるだけですごいことなのだ。