──今回、『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』は子ども向けに書かれた本ですが、世界のトップアスリートだった為末さんが「がんばるために、しっかり休む」や「生き抜くためには、逃げてもいい」と言っていることが意外でした。

 経験が少ないのに人生の軸をつくってしまうと、それはバーチャルなものになってしまうんです。経験を重ねることで、人生の軸は変わっていくものなのに、「軸をブラしてはいけない」と思い込むと、その軸に人生が縛られてしまう。日本のアスリートは、このパターンで失敗する人が多いんです。

 それよりも、いろんな可能性を視野に入れて、いろんな経験を柔軟に吸収していくなかで、本人が「これが大事なことだ」ということを少しずつ感じられるようになった方がいいなと思っているんです。

 というのも、僕自身、陸上競技をやっていて、自分の人生を自分でどんどん追い込んでいったことがありました。それは、子どもの時から始まっていた気がするんですよね。

 僕の息子はいま4歳ですが、3歳ぐらいからしゃべりだすと言葉の成長は早いですよね。これまでいろんな本を出してきたけど、子ども向けに本を書いたことがありませんでした。それで、大事なことを素直に伝える本をつくってみたいなと思ったんです。

──為末さんも、「変わってよかった」という経験があるのでしょうか。

 もちろんあります。陸上を始めてからずっと100メートルをやっていたのですが、高校の時に先生からハードルをやるように言われました。ただ、自分の中では、違う競技に移ることに罪の意識がありました。だけど、結果としてはそれで道が開けました。「あきらめない」ってことは、実は他の可能性を消していることもあるんですよね。

 人間は、自分が思っていることと、この場面では「こう思わなければならない」という刷り込みがあると思うんです。これは大人も同じで、「あきらめてはいけない」もその一つ。特にスポーツの世界では「あきらめるな」という言葉が多く使われます。それも一つの「刷り込み」で、そういう考え方からもっと自由になってほしい。

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英才教育をやらない理由