「腐り芸人」として主張する笑いへの高い理想も人気。ハライチ・岩井勇気(C)朝日新聞社
「腐り芸人」として主張する笑いへの高い理想も人気。ハライチ・岩井勇気(C)朝日新聞社
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 どんな人の人生もそれほど特別ではない。超一流の経営者もモデルもアスリートも、トイレに入って用を足すし、家では爪を切ったり顔を洗ったり歯を磨いたりしている。人生の大半を占めるのは当たり前の日常だ。ほとんどの場面では普通のことが普通に行われている。

 歴史上の偉人の伝記では、その人が家具の角に足の小指をぶつけて悶絶したり、人前でくしゃみと一緒におならが出てしまい恥ずかしい思いをしたりする場面は描かれない。伝記にあるのは人の心に刺さりやすい下積みの苦労とその後の成功の物語だけだ。

 人はいつでも影よりも光に目を奪われがちだ。地味な日常よりも派手な非日常に惹かれてしまう。それをさらに煽るのが、SNSを駆けめぐる意識高い系成功者たちの言葉だ。「死ぬこと以外かすり傷」だの「多動力」だのと言われると、派手に生きていない自分が劣っているような気がしてくる。

 自家用ジェットも持っていないし月旅行に行く金もない自分は、なんてつまらない人生を過ごしているのだろう。そのような「初めから負け組」という気分がこの時代の支配的な空気になっている。

 そんな風潮に一石を投じる本が出版されて話題になっている。ハライチの岩井勇気の著書『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)である。すでに売れ行き好調で、読書家からの評価も高い。タイトルにある通り、大した事件が起きない地味な日常を淡々とした筆致でつづったエッセイ集だ。

 この本に描かれている岩井が体験した出来事は、華やかな舞台に立つ芸能人のものとは思えないほど小さくて他愛もないことばかりだ。組み立て式の棚を買ったけど組み立てるのが面倒で手がつけられない。通販で届いた段ボールがどんどん溜まっていく。30代、独身、独り暮らしの等身大の実生活のひとコマが切り取られている。

 しかし、ありふれた日常を描いたこの本は決して退屈な内容ではない。日常の中のささやかな怒りや焦りなどの心の動きを巧みに描いていて、読み応えは十分。じわじわと心にしみていくような面白さがある。

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「どこかポジティブな生き方」を読み解く2つの鍵