ビタミン剤を飲むようになったのは、プロレスに転向したばかりのとき。当時の仲間もプロテインやビタミン剤はもちろん、今は禁止だけど筋肉増強剤を飲んでいたのもいたし。「プロレスラーの身体はこうやって作るんだ」ということを理解した、あのときが原点だね。「こいつらに負けてられない、俺も早く立派な身体を作らなきゃ」っていう使命感が芽生えたことを強く覚えているよ。
当時は、「相撲がうまくいかなかったからプロレスに来た」って思われることが、何よりも嫌だったからね。相撲崩れなんて絶対に言われたくなかった。13歳で二所ノ関部屋に入って、両国中学校には冬でも下駄履きで通って。やせ我慢して「俺は相撲取りだ!」ってテンパって(笑)、そんなところから始まっているからね。本当にプライドの高い、マセたガキだったよ(笑)。
ただね、今でもよく覚えているんだけど、初めてのアメリカ修行で下っ端のレスラーたちと歩いていたら、急にトイレに行きたくなって。それで道端の店のトイレに駆け込んだら、「うわ、汚ない」っていうくらいひどかった。でも、背に腹は変えられない。嫌々ズボンを下ろして汚い便器に座ったその瞬間に、相撲取りのプライドなんて、全部捨てちゃった(笑)。このときに、「こんなのどうってことないや、これでも生きていけるんだ」って、すごく気が楽になったし、したたかさを身に付けて図太くなれた。
嘘みたいだけど、それまではコーラの瓶も、一度水道で洗ってから販売機の栓抜きで開けるくらい、本当に潔癖症だったんだから。相撲の地方巡業だと、支度部屋は体育館の離れでね。ゴザが敷いてあって、出入りするたびに埃が舞う。俺は必ずタオルを口にあててたから、「また天龍がタオルをあててる」って、よくからかわれていたよ。
話を戻すと、俺にとってのビタミン剤は、精神安定剤みたいなもの。これさえ飲んでおけば、「最低のところまではいかない、絶対に大丈夫」っていう安心の証なのかな。結局は、まだレスラーを捨てていない自分と、引退したとはいえスポーツマンであるという裏付けがほしい自分が、俺の中に両立しているんだよ。プライドをすべて捨てると本当の意味で一般人になっちゃうけど、土俵際ギリギリのところで粘っている、そんな天龍源一郎がいるんだね(笑)。
最後に、最近すごくうれしかったことを話しておこうかな。実は、LINEで初めて写真を送ったんだ(笑)。インスタにも上げた写真だけど、ベランダの花壇にちっちゃな蝶々がとまってね。動いたら逃げちゃうから、遠目からスマホで写真を撮ったんだけど、せっかくだから、女房と娘を驚かせてみようと思って。前に娘が「ここのボタンを押せば写真が付けられるよ」って言っていたのを思い出して、やってみたら、できた。
俺の送ったLINEを見た二人は、「何か異変があったの!?」って飛んできたけど、説明したら、「遠すぎて蝶々がどこにいるのか分からない!」だって。自分では、「直感で送れたし、どうだ、俺はアインシュタインばりの天才だろう」って、もっと自慢したかったんだけどね(笑)。
(構成/小山 暁)