ある日、右耳の入り口から奥にかけて痛みが出現し、翌日には右目は閉じなくなり、飲み物が口からこぼれるようになる……。それまで「私は患者さんの気持ちがわかる」と思っていた京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師は、自分が患者の立場になって「勘違いしていた」と気づきます。好評発売中の『心にしみる皮膚の話』著者の大塚医師が、顔面神経麻痺になった経験をもとに語ります。
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ラムゼイ・ハント症候群という病気があります。
水ぼうそうと同じウイルスである帯状疱疹(たいじょうほうしん)ウイルスが、顔面神経に感染(再活性化)し、顔面神経麻痺を起こす病気です。耳性(じせい)帯状疱疹とも呼ばれます。
皮膚科には多くの帯状疱疹の患者さんが受診します。その中には、ラムゼイ・ハント症候群の患者さんもときどきいらっしゃいます。私たち皮膚科医は、ラムゼイ・ハント症候群を疑った場合、専門の耳鼻咽喉科の先生に治療をお願いします。
顔面神経麻痺はとてもつらい病気です。名前のとおり、神経が麻痺することによって顔の動きが悪くなります。ラムゼイ・ハント症候群では顔の半分に麻痺が起きるので、例えば、笑っても顔の半分は無表情のままです。
麻痺しているほうの目は閉じにくく乾燥しますし、飲み物が口からこぼれます。他人の視線も気になります。
私もラムゼイ・ハント症候群の患者さんを診察することがありますので、知識としては頭に入っています。ただ、ラムゼイ・ハント症候群の患者さんの苦しみは、自分がかかってみるまではわかりませんでした。
2012年の春、私はスイス留学に向けて日々忙しく仕事をしていました。病院での診察と研究のまとめ、それからビザ取得に向けた書類準備。スイス留学は楽しみにしていましたが不安も大きく、睡眠時間も十分に確保できない毎日はストレスフルなものでした。
ある日、右耳の入り口から奥にかけて痛みが出現しました。
耳かき好きの私は勝手に外耳炎(がいじえん。耳の中の炎症)と診断し、手持ちの抗生剤を飲み始めました。
いつもなら数日で改善するはずの外耳炎は全然よくならず、抗生剤が効かない耐性菌が原因かとぼんやり考えていました。
しかし、その翌日には右目は閉じなくなり、また、飲み物が口からこぼれるようになり、自分がラムゼイ・ハント症候群にかかったのだと気がつきました。
正直慌てました。
緊急で耳鼻科の先生に診察してもらい、抗ウイルス剤の内服とステロイドパルス療法を開始することになりました。
医師から顔面神経麻痺が残る可能性について説明を受け、真っ暗闇の中に落とされた重い気持ちになったのを今でも覚えています。
私が医者になった理由の一つは、自分が小児喘息(ぜんそく)だったからです。
喘息で通院や入退院を繰り返したことで、医者という職業を身近に感じていました。
病気で苦しんでいる人を助ける医者の仕事が素敵だと思っていたし、喘息の経験が生かせると思っていました。
そして「私は患者さんの気持ちがわかる」という、うぬぼれもありました。