お笑い界の巨人・吉本興業を根幹から揺るがす騒動へと発展した闇営業問題。吉本から契約を解除された雨上がり決死隊の宮迫博之(49)が、ロンドンブーツ1号2号の田村亮(47)とともに事務所を通さず臨んだ“手作りの謝罪会見”は世間の注目を集め、彼らの涙に心を打たれた人も多かった。
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その2日後に行われた吉本興業の岡本昭彦社長(53)による5時間半にも及ぶ記者会見は、「何を言いたいのかわかりづらい」「パワハラの言い訳が苦しい」など世間から大不評。同日、吉本興業は宮迫の「契約解除の解除」を決めたため、一夜にして形勢逆転となった。
6000人もの芸人を擁する吉本興業の大規模な“お家騒動”は混迷を極め、明石家さんま(64)や松本人志(55)は記者会見後の宮迫を完全擁護。個人事務所を持つさんまは「(宮迫が吉本をやめるなら)うちの事務所にほしい」と発言し。松本は7月28日に放送された「ワイドナショー」で「(会社が変わらないんだったら)僕が全員芸人を連れて吉本を出ますわ」とまでコメント。
宮迫はさんまと松本という、吉本を代表する売れっ子芸人を味方につけることにも成功したわけだが、「さんまさんと松本さんが共闘するなんて、時代の流れを感じる」と語るのは、関西で古くからお笑い番組に携わってきた制作会社のディレクターだ。
■今田をめぐる、さんまと松本の因縁
「そもそも、さんまさんと松本さんは長らく仲が悪かったのです。ふたりの仲が悪くなった事の発端と言われているのは、1995年にフジテレビで放送された『生さんま みんなでイイ気持ち!』を立ち上げたとき。90分の生放送で、フジテレビが社運を賭けて相当な予算を投じたバラエティ番組でした。当時、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)で人気が出始めていた頃の今田耕司さんをさんまさんが共演者に指名したのですが、これに対して松本さんが激怒したんです。松本さんにしてみれば、『俺が大阪から連れてきて有名にした今田を、なんでさんま兄やんに獲られなあかんねん』という思いがあったんでしょう。結果、今田さんの大抜擢は幻に終わり、代わりに入ったのが当時SMAPとして人気急上昇中だった中居(正広)さんだった。番組自体は低視聴率のため7回でさんまさんが降板、あえなく打ち切りになりましたが、奇しくも中居くんとさんまさんの蜜月の関係は、この番組がきっかけとなって生まれることになったんです」