翌年1月、長岡から呼び出されて指定された喫茶店に向かうと、長岡のほかに同じ萩大島で船団を持つ2人の社長が同席していた。なにか仕事をもらえるのかなと軽く考えていた坪内は、3人から話を聞いて驚いた。

「魚が獲れなくなって先行きが不安だから、新しいことがやりたい。でもなにをどうしたらいいかわからないから協力してほしい」

 若くて、よそ者で、英語を流ちょうに話す彼女なら、なにかいいアイデアがもらえるかもしれないと思ったのだろう。

 それまで漁業のことなど微塵も考えたことがなかった坪内だが、本当に困っている様子の3人を見て心を決めた。原因不明の病で「余命半年」と宣告された19歳の時、「私が今死んだとして、どれだけの人が本気で惜しんでくれるだろう。もっと人のために生きればよかった」と後悔した。後にその病の原因が特定されて生き長らえることができたが、あの日の後悔を忘れていなかったのだ。

■取っ組み合いのケンカ

 ここから、若きシングルマザーと荒くれ漁師という異色のチームの挑戦が始まった。萩大島の漁師をまとめ上げて萩大島船団丸を結成した坪内は、獲れた直後の魚を船の上で加工し、港から契約先に直送する「鮮魚BOX」を考案した。

 坪内が「船上直送」と名付けたこの事業には、逆風が吹き荒れた。排除される中間業者からの脅し。加工や配送なども担当することになった漁師たちの不満。加えて、ゼロから開拓しなければならない取引先。逆境のなか、坪内と漁師たちは何度もぶつかり合い、時には取っ組み合いのケンカをしながら、這いつくばるように前進してきたのだ。

 この暗中模索の時期も、坪内に迷いはなかったという。

「この仕事を始めた時、私は子どもの故郷であるこの島や海を守りたいと思いました。そのために、自分が正しいと思うことを1日1日、1分1秒をこなしていくだけです。人の役に立ち、誰かの何かにかみ合った時に、会社って勝手に大きくなるものだと思います」

 この取り組みは広く注目を集め、全国から問い合わせが殺到。そこで坪内は2014年にギブリを立ち上げ、船団丸の鮮魚販売だけでなく、他社へのコンサルティング部門と視察に対応するための旅行部門を設けたのだ。

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