習いごとも友達付き合いもやめました。野上と一緒に過ごす、病気のことを調べる。これにすべての時間を費やすと決めました。最優先事項は野上の体調、次に彼の望み……たとえばあれが食べたいとか、あの本が読みたいとかをかなえてあげること。明日食べられなくなるかもしれないという危機感みたいなものが常にあります。全力投球するのは、そうなったとき後悔したくないという、自分のためでもありますね。

 二度の手術を受けるまでのあいだ、私のなかには「膵臓がんであることをなかったことにしたい」という強い思いがありました。食生活に気をつけるなど、がんを1ミリでも縮める可能性があるなら、なんでもしようと思っていました。けれど、二度目の手術でもがんを取り除くことはできませんでした。意識が戻ったと知らされて野上のところに駆けつけると、彼は朦朧としながらも手術の結果を真っ先に聞きたがる。伝えたときの表情は、忘れられないですね。

 この手術を機に、「病気があることを前提として、どうベストに生きていくか」というふうに考えを切り替えました。

 野上は手術後に食欲がまったくなくなり何も食べられなくなったことがありました。そのときの体調に合わせて食べられるものを食べてもらおう、少しでもおいしいと思えるもの、好きなもの、食べたいものを出してあげよう……と思うのですが、今度は、抗がん剤の副作用で味覚障害が出て半分以上の確率で「おいしくない」と。水を飲んでも酸っぱくて気持ち悪いと感じることがあるようで、本当につらそうでした。食事を用意する側としてはショックでしたが、「おいしいといわれなくて当たり前」「いわれたらラッキー!」ぐらいの気持ちでいることにしました。

 人工肛門にも困らされていますね。すごく世話がやけるんですよ。外出先で食事をしようというときになって漏れ出すこともあって、駄々っ子のように水を差してくる。だったら名前をつければ愛情を持って接することができるんじゃないかと思って「ピーちゃん」と呼ぶことにしました。

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