カルダーノは若いころから数学好きであったが、その動機は大好きな賭博に勝ちたいという不純なものであった。患者が来ないための暇つぶしから、やがて元手を作るために高利の金を借りたり、妻の財産を勝手に処分したりという破滅的なレベルになってゆく。カルダーノは自伝で、

「私の行為には誉められるようなことは、おそらくなにひとつないだろう。(中略)自分でもわかっているのだが、私はチェスやさいころ遊びに没頭しすぎたのだ。これがため、尊敬と財産と時間とを同時に失った。弁解の余地はない。だがもし弁解せよと言われるなら、実は私は賭け事が好きだったのではなく、諸々の原因―中傷、不公平な仕打ち、貧困、ある人々の横柄な態度、社会の混乱、虚弱な体質、ひどい怠け癖、その他ありとあらゆることが私を賭博にかりたてたのだ」(青木靖三・榎本恵美子訳『わが人生の書 ルネサンス人間の数奇な生涯』社会思想社:現代教養文庫 1989)と記している。

■予測した自身の「命日」に自殺

 1980年になって米国精神医学会は精神障害の一つに「病的賭博」を加えた。各国を通じて高い罹病率があり、患者本人の人生と周囲の人々、社会に及ぼす深刻な影響にもかかわらず、他の精神疾患と比べて研究が遅れているという。

 診断基準は(a)持続的に繰り返される賭博、(b)貧困になる、家族関係が損なわれる、そして個人的生活が崩壊するなどの不利な社会的結果を招くにもかかわらず、持続し、しばしば増強する、という2つの指標がある。病的賭博は男性に多く知能が高い者にも珍しくないが、対人関係の問題が多く、時には反社会的行動につながるという。

 カルダーノの場合、最愛の長男が殺人罪で死刑になり、次男はヤクザになり、長女は梅毒で若死にするという不幸に見舞われて酒と賭博に逃避した事情はわからなくもない。しかし晩年、功成り名遂げて母校パドヴァ大学教授となってからも博打はやめなかった。さらに最晩年は、イエス・キリストのホロスコープを作ってその受難を予言したことから、法王庁に呼び出されてローマの邸宅に軟禁されてしまう。カルダーノの最期もこの奇人に相応しいものだった。

 彼は同時代の諸侯や高僧の星占いが高い的中率を示すことを誇っていたが 、自分のホロスコープも腕によりをかけて作成した。しかし、命日と予測した1576年9月21日夜になっても何も起きないため、自殺してけりをつけたのだった。彼の遺した「賭博必勝法」という小冊子は最大の遺産として親類縁者や弟子たちの奪い合いとなった。人々がこれを開くと「賭博に負けない唯一最高の方法は、手を出さぬこと」とあった。

◯早川 智(はやかわ・さとし)
1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など。

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