石牟礼道子さん死去 熊本地震被災後、朝日ジャーナルに語った「人間の絆」

週刊朝日
 水俣病で苦しむ患者に寄り添い、その実態を告発した『苦海浄土』で知られる作家の石牟礼道子さん(90)が10日、死去した。享年90歳。熊本市在住で、パーキンソン病などを患っていた。石牟礼さんは、海と共に前近代の暮らしを営む漁師たちと、「公害」という近代資本主義の負の側面の衝突を描き、国内外の作家に大きな影響を与えた。

 作家の池澤夏樹さんは『苦海浄土』を「戦後文学最大の傑作」と評価し、ひとりで責任編集をした『世界文学全集』(河出書房新社)では、マリオ・バルガスリョサやギュンター・グラスらノーベル文学賞作家に並び、日本人作家として唯一『苦海浄土』を全集に収めた。

 実際、村上春樹さんとともに、ノーベル文学賞に最も近い日本人作家と言われてきたが、作品で多用される方言や独特の言い回しから翻訳が難しく、世界的な広がりが制限されていたことが課題だった。

 1973年には、「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞。2002年ごろからパーキンソン病を患っても創作意欲は衰えず、2016年4月に熊本地震で被災した後も、その経験を俳句にして発表した。

 震災の傷跡が街に残る中で行われた『緊急復刊 朝日ジャーナル』(2016年7月7日号)のインタビューでは、被災した時の状況を語ってくれた。一方で水俣の話になると、国やチッソと闘っていた時のことよりも、水俣で暮らす人々が海と一緒にいかに豊かな暮らしをしてきたかを楽しそうに話してくれた。当時の記事を再掲載する。

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 あめつちの 身ぶるいのごとき 地震くる

 1956年5月1日、後に戦後世界史上最悪の公害といわれた水俣病がはじめて公式確認された。60年目の慰霊祭の準備作業が進んでいた中、地震という新たな災難が熊本を襲った。

 冒頭の俳句は、水俣病患者の魂の叫びをつづった『苦海浄土 わが水俣病』の作者である石牟礼道子さんが、震災後に詠んだものだ。石牟礼さんに、震災とその後の日々について聞いた。

「寝ていたら、立てないんです。転んでしまって、歩けない。いつまでも揺れがやまないので『これはたまらない』と思いました」

 4月14日21時26分、石牟礼さんが住んでいる熊本市内の老人ホームを、経験したことのない大きな揺れが襲った。石牟礼さんはパーキンソン病を患っていて、自由に体が動かせない。その時、仕事場と住居を兼ねている部屋には、誰もいなかった。

「それで冷蔵庫の中を開けたらミカンが3つ、それから食べ残しのご飯をおにぎりにしたものがあった。いつもご飯を食べるときに使っているエプロンを広げて風呂敷にして、ミカンとおにぎりを入れて、それからノートを包みました」


 石牟礼さんがとっさに手にとったノートは自ら手作りしたもので、詩や俳句を創作したときに書き込むものだった。

「だけどペンを忘れてしまって」

 ここから先は、今でも記憶があいまいだという。施設の職員が駆けつけたとき、本や資料などが床に散乱して足の踏み場もなく、部屋にも入れない状態だったという。

「『もう死んでもよかたい』と思って。後で聞いたら、職員の人に助けられたそうです。声をかけられても返事もなくて、眠っていたそうです」

 石牟礼さんの作家としての歩みは、熊本の人々とともにある。天草で生まれ、水俣で育ち、58年に谷川雁が主宰する「サークル村」に参加して作品を書きはじめた。

 当時、社会問題となっていた水俣病を、石牟礼さんは患者たちに寄り添って執筆を続けた。「朝日ジャーナル」では、68年に水俣病問題を告発する「わが不知火」を連載したほか、詩を寄稿した「にっぽん奈落」なども掲載している。

 石牟礼さんに当時の誌面を見せると、虫眼鏡を手に取って文字を追いかけた。そして「ここに線を引いて下さい」と言われた。

〈漁のあがりさがりに獲りたての刺し身の一升や二升、ペロリとなめきらん若もんはよき漁師にゃなれん〉(「わが不知火」68年5月12日号)

 なぜ、ここに線を引いたのかをたずねると、当時の話を懐かしそうに話してくれた。

「うどんの丼にいっぱいお刺身が入ってるの。たくさんの刺身を積まないと山盛りにならないのよ。それをむさぼりくう。『おいしかですね』と言ってなめる(食べる)と、大変喜ばれました」

 水俣病という産業文明の負の遺産の前に消えていく、漁民たちの豊かな暮らし。石牟礼文学が、他に類をみない独特の世界観を確立しているのも、近代化で消えてしまった“何か”を、患者たちと一緒に回復させようとしたところにある。

 最後に、水俣の人々と一緒にチッソや国と闘っていた日々と、今の日本で何が変わったのかを聞いた。

「たいして変わらんじゃないかと思います。ただ、人間の絆というのを確かめ直す、何か実感があると思います。(地震をきっかけに)みんな手にしたと思う。体で、心で、全身で」

※『朝日ジャーナル』2016年 7月7日号(週刊朝日増刊)
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