民主派支持の飲食店の窓や壁には、付箋シールを使って市民のメッセージやスローガンが貼られていたが、国安法施行後は店の人がそれを剥がしてきれいに壁拭き。いまは「白紙の付箋シール」が貼られている店もある(写真/Kaoru Ng)
民主派支持の飲食店の窓や壁には、付箋シールを使って市民のメッセージやスローガンが貼られていたが、国安法施行後は店の人がそれを剥がしてきれいに壁拭き。いまは「白紙の付箋シール」が貼られている店もある(写真/Kaoru Ng)

 そうした動きについて、アムネスティ日本の中国担当者・北井大輔氏はこう解説する。

「中国はこれまでずっと共産党への批判を取り締まってきましたが、習近平がトップとなった12年以降、体制に歯向かう者に対する人権抑圧の姿勢をより鮮明にしてきました。私たちは中国が人権擁護に転換するよう望んでいるのですが、彼らは他の国々も巻き込みながらまったく逆の方へ向かっています。キューバなどが国連で発表した『国安法は人権問題ではなく合法的な権力行使の問題だ』とする声明は、国際社会が築いてきた人権秩序の『中国化』を図る動きです」

SNSから投稿消えた

 これまで何らかの形で抗議活動に参加してきた市民の中には、7月1日以降、フェイスブックやツイッターの投稿文を削除したりアカウントそのものを抹消したりする人が増えている。国安法に抵触するスローガンを使わずに行える運動を模索しているが、多くの香港市民は自身の発言や他人、とりわけ外国人との接触に慎重になっている。

 というのも、国安法のなかに、中央人民政府または香港政府に対する憎悪を募らせるなど、諸外国の勢力と結託して国家の安全に危害を及ぼす行為を禁じる項目があり、無理やりそれを罪名にして逮捕されるのではないか、と恐れている人が大勢いるのだ。

 実際、私自身がメールや通話機能などを使ってこれまでやりとりしていた香港人の知人・友人らも、国安法施行以降、私のコールに応えなくなった。何度か試したものの同じだったので、さすがに連絡を控えた。外国人で、しかも常日頃、習近平の批判をしている私とのやりとりの記録が残るのは、彼らにとってリスクなのだ。

 そんな中、たった一人応答してくれた香港人がいた。銀行に勤める20代の女性だ。

「もう以前のようなわけにはいかなくなりました。今後は言動に注意します。私はまだ決断していませんが、私の友人はみんな移住の計画を練り、その準備を始めています。1年前のあの日のデモが夢のようです」

SNSなどを通じて日本でもよく知られている周庭(アグネス・チョウ)(c)朝日新聞社
SNSなどを通じて日本でもよく知られている周庭(アグネス・チョウ)(c)朝日新聞社

解散後の民主派の「道」

 民主派の政党や団体も7月1日前後に次々と解散した。反対デモなどの情報を積極的に発信してきた政党「香港衆志(デモシスト)」もそのうちの一つ。解散後、香港を脱出した羅冠聰元(ネイサン・ロー)党首は、今後は海外を拠点に国際世論を醸成する活動を行う。また事務局長だった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)や、SNSなどを通じて日本でもよく知られている周庭(アグネス・チョウ)は、香港に残り個人として活動を続けることを表明した。

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「彼らは私たち全員を殺すことはできない」