トラムの停留所の壁に記された「光復香港 時代革命」(香港をとり戻せ いま革命のときだ)。 昨年来の民主化運動のなかで最もよく使われたスローガンだ(写真/今井一)
トラムの停留所の壁に記された「光復香港 時代革命」(香港をとり戻せ いま革命のときだ)。 昨年来の民主化運動のなかで最もよく使われたスローガンだ(写真/今井一)

 昨年来、学生・若者がリードしてきた香港の抵抗運動は、香港の映画スター、ブルース・リーの言葉「水は形を変え滑らかに流れつつ、時には強く激しくぶつかることもできる。水になれ、我が友よ」からとった「Be water」や、自身の持ち場を守り同じ目標に向かってがんばるべしという中国の教え「兄弟爬山各自努力」を合言葉に、合法・非合法を取り混ぜて柔軟かつ強靱な運動を展開してきた。だが、ついに旗やプラカードに何も記さなくても主張が伝わるという域にまで達した。

剛腕を振るう習近平

 さしもの中国当局も、こうした意思表示に対して国安法を適用することはできないだろう。もし取り締まることがあれば、それはもう「個人が何かを想像したり心の中で思うこと」さえ禁ずるという、あり得ない人権抑圧となるからだ。

 国安法を主導した習近平中国国家主席は、2047年までは「一国二制度」でいくという約束を平気で反故にした。その最大の理由は、9月6日に実施される立法会選挙に合法的に参戦している「民主派候補」の動きを封じ、落選させたいからだ。

徹底した反中共の姿勢をとる新聞「蘋果日報」(ひんかにっぽう)創業者のジミー・ライ。国安法施行直後に街頭に出て、民主党の議員と一緒に堂々と反対の意思表示(写真/Kaoru Ng)
徹底した反中共の姿勢をとる新聞「蘋果日報」(ひんかにっぽう)創業者のジミー・ライ。国安法施行直後に街頭に出て、民主党の議員と一緒に堂々と反対の意思表示(写真/Kaoru Ng)

 同時に、習近平は持ち前の剛腕で、強引に突き進もうとしているだけという印象も受ける。

 国安法の断行により中国は英米などから厳しい批判を浴びているが、政治的・市民的自由を著しく制限するこの法律を支持している香港市民もいるのだ。

 ロイターが香港民意研究所に委託して施行前の6月半ばに行った世論調査によると、国安法に対し、強く反対は49%、ある程度反対は7%、支持は34%、わからないが10%だった。この反対・賛成の数値は、昨年11月の区議選での民主派と親中派の得票率の数値とほぼ同じ。香港社会には、中国共産党の直接支配ともいうべき「一国一制度」に身を委ねてもいいと考える人が、3割以上いるということだ。

 香港をめぐる世界の反応も、それと似通っている。

 日本をはじめ、国安法について米英独仏などが懸念を示したが、批判声明を出したのは27カ国にとどまっている。一方、支持声明を出した国はアジア・アフリカ諸国を中心にエジプト、パキスタン、ミャンマーなど53カ国にのぼっている。6月30日に開催された国連人権理事会において、キューバがこの53カ国を代表して「中国への内政干渉は控えるべし」と国安法を支持する演説を行ったのだ。

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