サミットを成功させ、その勢いで衆院の解散・総選挙も視野に入れる岸田首相
サミットを成功させ、その勢いで衆院の解散・総選挙も視野に入れる岸田首相

 G7広島サミットは、岸田文雄政権の今後を左右する勝負どころ。ただ、サミットを成功させたとしても、政権にとって一時的な追い風という見方もあるようだ。AERA 2023年5月22日号の記事を紹介する。

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 岸田文雄氏は、自民党の名門派閥「宏池会」の会長としては、宮沢喜一氏以来28年ぶりに首相の座に就いた。その宮沢氏は、1993年の東京サミットの議長役をこなした。流暢な英語を話す宮沢氏は、クリントン米大統領と寿司屋でサシの会談に臨んだ。当時、米国は日本からの自動車輸入を規制する動きを見せていたが、宮沢氏は「自由貿易の原則を崩してはいけない。管理貿易は将来に禍根を残す」とクリントン氏を諭した。

 さらに、クリントン氏が対中国外交について「中国は経済的に豊かになれば民主化も進む。我々はその動きを支援していこう」と話したのに対して、宮沢氏は「中国は一筋縄ではいかない」と注文をつけた。長年、中国と渡り合ってきた宮沢氏の経験談にクリントン氏は聞き入っていた。会談後、宮沢氏は側近に「クリントン氏は意外と単純だね」と感想を漏らしたという。

 その後の中国の対応は、宮沢氏の「慧眼」を物語っている。中国を国際社会に関与させようというクリントン氏ら米国の「エンゲージ政策」は通用しなかった。中国は独自の価値観を打ち立て、米中関係は険悪になっている。岸田首相は広島サミットに向けた準備を重ねてきたが、宮沢氏のような独自の見識を示すことができるのか。まさに岸田氏の器量が試される。

 岸田首相は、サミットが成功すれば、その勢いで衆院の解散・総選挙に臨む選択も視野に入れている。華やかな外交で支持率が上昇すれば勝機があると見ている。だが、外務事務次官経験者の一人は「外交のアピールは政権にとって一時的な追い風にはなるが、長続きはしない」と語る。景気の好転や社会保障の安定など国民生活がよくなったという実感がない限り、総選挙での勝利にはつながらない。

 安倍晋三政権から続く大規模な金融緩和は景気の下支えには効果があったが、経済の新陳代謝は進まなかった。欧米がインフレ対策で金利引き上げを続けているのに、日本はマイナス金利から脱しきれずにいる。「企業内失業」対策としての雇用調整助成制度も継続し、労働市場の流動化も進んでいない。社会保障の抜本改革も先送りされ、高齢者の医療費負担がじわじわと増えている。岸田首相が旗を振る「異次元の少子化対策」も、財源が明確になっておらず、内容はあいまいなままだ。多くの国民は「生活がよくなったという実感とは程遠い」と受け止めている。経済の低迷や少子化などの重い課題に正面から向き合わない限り、国民の信頼は得られない。サミットの「成果」で総選挙を勝ち抜こうとしても、民意は甘くないだろう。(政治ジャーナリスト・星浩)

AERA 2023年5月22日号より抜粋