「将来の夢」とは違うところにいるけれど(イラスト:サヲリブラウン)
「将来の夢」とは違うところにいるけれど(イラスト:サヲリブラウン)

 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

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 おかげさまで、最初の本を出版して今年で10年になります。アエラの連載はマッサージ放浪記「今夜もカネで解決だ」(文庫タイトルは『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』)になり、ありがたいことに年に1冊か2冊のペースを続けられています。本にまとめるのは楽な仕事ではありませんが、楽しいです。

 文章を書く。幼い頃はおろか、30歳過ぎたあたりを振り返っても、想像もしなかった仕事です。「自分が書いた文章を人が時間とお金を費やして読んでくれる」という、大変恵まれた状況が続いていることが夢のようです。

 と同時に、「将来の夢」として挙げたことが一度もない肩書が自分についていることも不思議に思います。

 会社員時代、私は宣伝や販売促進の仕事をしていました。業務はおおむね楽しく、当時学んだことを現在も生かして働いています。しかし次のステップとして、私はマーケティングやコンサルティングのような仕事に就きたかった。異業種転職を試みた際にセミナーへ行ってみたり、そういった職種に応募してみたりもしましたが、セミナーでは賢そうな人たちに囲まれて気後れしてしまったし、就活では箸にも棒にも掛かりませんでした。あれは楽しくなかった。

イラスト:サヲリブラウン
イラスト:サヲリブラウン

 あの夢が叶っていたら、私は今頃どうなっていたのだろう? 危機管理能力に乏しいという意味も含んだ楽天家ですから、それなりに楽しくやっていたとは思います。

 ああ、そうか。突然腑に落ちました。私は「楽しいかどうか」がすべてなのだな。楽をしたいわけではなく、楽しくないのが受け容れられない。

 楽しくなくとも続けることに喜びを感じる人もおりますし、出世やお金に喜びを感じる人もいるでしょう。他者に迷惑を掛けない限りそこに善悪はなく、どんな状態にあることが自分にとっての幸せなのかを、模索しながら見つけられたことが嬉しい。見つけたというより、自分に正直にやってきたことで気づけたと言うほうが的確かも。

 5月で50歳になります。想像していた50歳とはかなり異なる姿なれど、私はいま楽しく毎日を過ごせています。馬鹿みたいに忙しいし、イライラすることもあるし、毎日満身創痍。でも、楽しい。

 人生100年時代だそうです。私は残りの50年を、どう楽しんでいくのかしら。それを想像するだけで、少しワクワクしてきます。

○じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中

AERA 2023年5月1-8日合併号

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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