韓国は来春、総選挙が控える。少数与党の尹政権にとって負けられない選挙だ。今年後半から総選挙の公認候補選びが始まる。大統領府の政務関係の幹部らから「保守支持層にも一定数、反日主義者はいる。韓日関係を改善するなら、4月末くらいまでがリミットだ」という声も出ていた。3月6日の徴用工問題解決策の発表は、保革の激烈な政治闘争のなか、散々逡巡した末に決定した政治的な産物だった。

 他方、日本側も尹政権発足後、すぐに関係改善に乗り出したわけではない。尹政権は第三国での日韓首脳会談の開催を打診し続けたが、日本側は慎重だった。尹政権はほぼ、日本側の主張をのむ形で解決策を模索していたが、自民党内に「安易な関係改善は認めない」という声が出ていたからだ。

 転機の一つは昨年11月、麻生太郎自民党副総裁の訪韓だった。麻生氏は尹大統領と会談した。複数の関係者の証言によれば、麻生氏は2013年2月の韓国大統領就任式後に、朴槿恵大統領(当時)との会談で展開した持論を再び、尹氏に持ち出した。麻生氏は13年当時、朴氏に、米国内で南北戦争を巡る認識に違いがあることを例に取りながら、日韓の間で歴史認識が一致しないことを前提に議論を進めるべきだという考えを示したとされる。朴氏はもちろん、当時の韓国メディアが、麻生氏の発言に猛反発し、日韓関係が停滞する一つの原因になった。

 麻生氏は尹氏に、同じ趣旨の持論を展開したが、尹氏が反発して雰囲気が険悪になることはなかった。麻生氏は帰国後、岸田文雄首相ほか、自民党の様々な人々に、尹氏を高く評価して回った。岸田政権にとって、麻生氏の支持は不可欠であり、昨年11月13日の日韓プノンペン会談での、岸田首相の積極的な姿勢に結びついたという。

 韓国と同じように、日本も外交戦略よりも、国内政治に目が向いていた結果、問題解決に一定の時間を要した。(朝日新聞記者・広島大学客員教授・牧野愛博)

AERA 2023年3月27日号より抜粋