韓国政府が発表した解決策を批判し、市民団体がソウルで開いた集会の様子=3月6日
韓国政府が発表した解決策を批判し、市民団体がソウルで開いた集会の様子=3月6日

 実際、尹政権では文政権当時の徐薫・元国家安保室長が逮捕された。検察は李在明氏に逮捕状を請求。国会議員の不逮捕特権に守られているが、有罪判決が確定すれば、李氏も投獄されることになる。韓国の政界筋は「李在明は27年の次期大統領選には立候補できないだろう」と語る。

 この激しい政治対立が徴用工問題の解決を遅らせた。実は、尹政権の保守と文在寅前政権の進歩(革新)の間で、徴用工問題の解決策を巡って大きな違いがあるわけではない。文政権当時、国会議長だった文喜相氏は19年12月、日韓の企業と個人から寄付金を募って財団を作り、損害賠償を肩代わりする法案を国会に提出した。法案は成立しなかったが、基本的な考え方は、尹政権の解決策とほぼ同じだった。

 だが、尹政権は日本側と交渉するばかりで、国内調整にほとんど力を割かなかった。李政権で大統領府に勤務した元高官は「当時の同僚たちには、進歩の連中とは顔を合わせるのも嫌だ、という人が多い」と語る。韓国では今も週末になると、保守系の「太極旗集会」と進歩系の「ロウソクの灯集会」が開かれ、お互いを呪詛する。

 大統領選で李在明氏の外交ブレーンだった魏聖洛元駐ロシア大使は昨年5月の尹政権発足直後、「この問題は進歩と保守が一緒に解決しないとだめだ。双方から人を出して賢人会議を作り、解決策を政府に提言すべきだ」と語っていた。だが、朴振外相が日韓関係の有識者を招いた「賢人会議」を開いたのは昨年12月6日。韓国政府が今年1月12日に解決案を公表するわずか1カ月前だった。

 徴用工問題から外された進歩勢力は激烈に反応した。李在明氏は3月6日、徴用工問題の解決策について「外交史における最大の恥辱であり汚点だ」と非難した。韓国政府は「進歩勢力の報復」を恐れた。保守系の朴槿恵政権が手がけた日韓慰安婦合意などを巡り、韓国検察当局は文政権当時の18年8月、外交省が訴訟に介入したとして同省を家宅捜索した。同省幹部は「あんなことは二度とご免だ」と語る。

 韓国政府がこの10カ月間、徴用工訴訟の原告団に面会したり、日本政府に「誠意ある措置」を求めたりした背景には、「進歩の報復を回避するためのアリバイ作り」という側面もあった。魏聖洛氏は「尹政権がまず、進歩勢力と合意案を作っていれば、日本に対して謝罪や新たな財団創設といった譲歩を求める必要もなかった」と語る。

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