以来、渡邉さんは旅に出るたびに、フィールドノートをまとめてきた。今やそのノートは30冊を超えている。

「写真を撮るのは一瞬ですが、描くとなると建築を100回以上、凝視しなくてはいけません。それを鈴木先生は『建築との対話』と呼びました。旅を通して、私も対話することを学んだと思います」

 渡邉さんは日式建築のスケッチだけでなく、出会った人々の似顔絵や食べもの、風景も描いていく。似顔絵を介して話がはずみ、友達になれば再訪することになる。オールカラー320ページにおよぶ本には、台湾の人々と風物への愛情があふれているのだ。

「1987年の戒厳令解除と白色テロの終焉を経て、人々は中国本土ではなく、『台湾こそが故郷。もっと台湾の歴史を知りたい』と思うようになった。そのときに日式建築が歴史の一つとして注目され、評価されるようになりました。白色テロ受難者の名誉回復とともに日式建築の再評価と保存が加速していったのです」

 最近では、台湾各地で民間資金による旧官舎、旧工場のリノベーションも進んでいる。

「歴史的な建築の保存について、台湾は日本の20年先を行っているといわれます。建築が残っていれば、なぜ建てられ、保存されてきたのか、歴史を知ることができる。この本が台湾と日本の歴史について考えるきっかけになったら嬉しいです」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2023年1月16日号