工場を視察するソニーの盛田昭夫社長(当時、1972年撮影)。盛田の人事の考え方は今に通じている
工場を視察するソニーの盛田昭夫社長(当時、1972年撮影)。盛田の人事の考え方は今に通じている

 考えてみれば、ソニーは、現在のソニー・ミュージックエンタテインメント出身の平井一夫が社長を務めたこともある会社だ。もともと子会社と本社の行き来に壁はなかった。実力があり、本人が望むのであれば、どこででも働く機会を提供する。そこでは、定期的な異動や年功序列は、ほとんど意味を持たない。

 ソニーの人事が、個人を尊重していることはよくわかる。ただ、個人の尊重が行き過ぎると、バラバラになってしまうのではないか。「そこは、どう考えているんですか」と問うと、栗田は次のように笑った。

「それが、ソニーの“謎”なんです」

 ソニーグループ各社はエレクトロニクス、半導体といった製造業から、ゲーム、音楽、映画といったエンタテインメント、金融まで、扱うものは多様だ。グループ各社をつないでいるのは、Purposeへの共感であり、わかりやすくいえば「企業文化」だ。ただし、脈々と受け継がれてきたはずの文化、ソニーらしさそのものについて、「これ」という定義はない。

■マニュアルがない

 栗田は、採用面接などで「ソニーの悪いところを教えてください」という質問を受けると、「マニュアルが整っていないところ」と答えるという。マニュアルがないことが、一種のソニーらしさだというのである。

 最後に、栗田にとって「仕事とは何か」と、聞いてみた。

「何かを成し遂げる……旅みたいな感じですね。『感動を目指そう』とか、『人のやらないことをやろう』とか、『新しいことにチャレンジしよう』という目標に向かって、一緒に進んでいくんです」

 社員一人ひとりに寄り添い、一緒に何かを成し遂げていこうとするのが、人事部にいる栗田の役割であり、仕事観だ。

 ソニーの昨今の復活劇は、「パーパス経営」で語られることが多い。しかし、そこで働く社員たちを見ていると、その本質はPurposeだけではなく、一人ひとりの個人の熱量や士気の高さにあるように思えるのだ。彼らは仕事を楽しみ、働くことに喜びを見出している。

 定型が用意されていないことで、多少の非効率やすれ違いは生まれる。それでも、多様性と自主性を重んじ、型にはめるよりは本人に任せるのがソニーのやり方だ。

 (文中敬称略)(ジャーナリスト・片山修)

AERA 2022年12月19日号より抜粋