特に母親と娘では、互いの距離の近さが問題になる。林さんの場合「私の言うことを聞いていれば間違いない」が母親の口癖で、それに口答えするなど考えたこともなかったという。林さんは言う。

「親が絶対的な存在である子どもは、親の期待に応えようと一生懸命がんばります。しかし、無理を重ねた結果、心が壊れひきこもる人は少なくありません」

 親のコントロール下にいた子どもは、自分の意志で行動した経験がないため、自分が何をしたいのか何が好きなのかを考えたことがない。ひきこもっていた人の自己肯定感が低いことの理由のひとつにもなる。林さんは、「親に気づいてほしい」と話す。

「子どもはどんなに小さくても人格がある一人の人間です。それを最大限に尊重し、むやみやたらに土足で踏み込むのは、たとえ親であってもしてはいけない。親は子どものために『よかれ』という言葉が頭をよぎったら、立ち止まってほしい。その『よかれ』が本当に子どものためか、自分の満足のためではないかと考えてください。気づけば、接し方も変わると思います」

 ひきこもり当事者とその家族でつくるNPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」理事の池上正樹さん(60)は、まず親が動き出すための支援が重要だと説く。

「親も時代とともに生きてきて、成功体験や自信に裏打ちされた価値観を子どもに向けているのだと思います。その意味では、ひきこもりは時代がつくり出したものとも言えなくはありません。しかし、親が若かった頃は経済も右肩上がりで頑張れば報われる時代でしたが、今はそうではありません。親はよかれと思い言っていることも、子どもにとっては強要となり、生きる力を奪うことになっています」

 かといって、親もこれまで築いてきた自身の価値観を変えるのは難しい。池上さんは、疲弊している親への当事者家族が集まる「家族会」や講演会などに足を運べる支援づくりが必要と言う。同連合会のホームページでは、全国にある家族会の情報を掲載している。

「認識が違っても、親御さんは子どもの潜在力を信じて見守ってほしいと思います。新しい時代の中で、お子さんたちは生きようとしていることを親御さんが受け入れ理解していくことが大事です。そして子どもには、感謝の言葉をかけてほしい。洗濯物を取り入れてくれたり、花に水をあげてくれたりした時は『ありがとう』と。返事はないかもしれませんが、ちゃんと届いています」(池上さん)

(編集部・野村昌二)

AERA 2022年11月7日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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