「この療法に賭けてみよう」

 男性の場合はこの薬が奏功し、がん性リンパ管症は改善した。ただし、20年5月にCT検査でがんの増大が確認された。必死に情報収集をするうち、肺がんの患者会「ワンステップ」に入会した。そこで学んだのは、ゲノム医療の知識だ。男性自身は、すでに主治医の指示で調べていた「EGFR」と「ALK」という遺伝子の検査では異常はなかった。だが、もっと多くの遺伝子異常を調べて、がんのタイプに合う治療に結びつけている患者がいることを知った。

 そこで男性は主治医に「他の遺伝子検査も受けさせてほしい」と頼んだ。ところが、主治医の返答は「他の遺伝子異常が見つかる可能性は非常に低い。それに賭けるより、次の治療に備えた方がよい」。患者会の仲間から「可能性がゼロでないなら、やってみる価値がある」と励ましの声が上がった。そこで、男性は諦めずに訴えると、ようやく主治医の許可が出た。情報と粘りで検査を受ける選択肢を勝ち取れたのだ。

 すると20年夏、進行した非小細胞肺がんの約1%という、希少ながん遺伝子「ROS1(ロスワン)」に異常があることがわかった。この遺伝子異常に対応する治療薬を使ったところ、薬疹に悩まされたが著効した。「数%の可能性に賭けて本当によかった」と感じているという。

「患者側も、正しい情報にたどり着く必要があると感じました。と同時に、複数の遺伝子をマルチに調べる検査を受ける選択肢さえ示されないことがあるのが現状。地方であっても、患者が全国どこに住んでいても、同じように医療を受けられるよう、医療に携わる方たちが患者にとっての『情報の空白』を埋めていってほしいと願っています」

■多様化する困りごと

 がん治療が高度化・細分化し、患者の困りごとも多様になった。患者の潜在的なニーズをつかみ、適切な情報提供に導くため、病院の多職種の連携が欠かせない。

 特に最近は、困っている患者に対して、院内の科を超えてつなぎ先を見つけていく「支持的」な関わり方が求められている。医療ソーシャルワーカーで、国立がん研究センター東病院サポーティブケアセンター/がん相談支援センター・副センター長の坂本はと恵さんは、最近始まった、初診時の患者アンケートの取り組みに注力している。

 すべての初診患者に対し、問診を書く時に一枚の質問票を一緒に渡す。患者が抱える気がかりや心配ごとを、「身体」「生活」「お金・仕事」「家族」「こころ」といった項目ごとに質問して、気になる項目に印を入れてもらう。サポーティブケアセンターが主体となり、10月末から一部の診療科の初診の患者向けに運用を始めた。

「印をつけた方には、外来の看護師が必ず一声かけるようにして、必要がありそうな場合は、『今から相談支援センターにも寄っていきますか』などとサポートしていきます」(坂本さん)

(ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2022年11月7日号より抜粋