海軍記念日/サンクトペテルブルクの海軍記念日。片手にロシア海軍旗、片手にビール瓶を握る人もいた(撮影/写真映像部・小林修)
海軍記念日/サンクトペテルブルクの海軍記念日。片手にロシア海軍旗、片手にビール瓶を握る人もいた(撮影/写真映像部・小林修)

<『坂の上の雲』の最後の回を書きおえたときに、蒸気機関車が、それも多数の貨物を連結した真黒な機関車が轟音(ごうおん)をたてて体の中をゆきすぎて行ってしまったような、自分ひとりがとりのこされてしまったような実感をもった>

 列車には秋山兄弟や子規はもちろん、児玉源太郎や乃木希典、ニコライ2世やロジェストウェンスキー提督、旅順攻防戦や日本海海戦で戦死した人々も乗っていただろう。執筆に約4年半をかけ、準備を含めると司馬さんの40代はこの作品に関わることで終わってしまった。

 小林の取材も約4年半で、ロシア取材には力が入った。

「司馬さんも書いていますが、ロシア人は人種的な偏見が少ない。欧米とその点は違う気がします。サンクトペテルブルクでは、撮影中に楽しそうに抱きついてくる女性もいました。まあ酔っ払いですが(笑)。ロシア人はヨーロッパに対するあこがれが強く、華美な宮殿をまねて作るけれど、ディテールは大雑把でもある。ヨーロッパでもなく、アジアでもない印象があります」

三笠/日露戦争の連合艦隊の旗艦「三笠」。日本海海戦直前、総員に決戦の開始を知らせるべく、マストに「Z旗」が掲げられた(撮影/写真映像部・小林修)
三笠/日露戦争の連合艦隊の旗艦「三笠」。日本海海戦直前、総員に決戦の開始を知らせるべく、マストに「Z旗」が掲げられた(撮影/写真映像部・小林修)

■ロシアを警戒する歴史

 フィンランドの世界遺産「スオメンリンナ要塞(ようさい)」は印象深かった。18世紀にフィンランドを支配していたスウェーデンが、ロシアを警戒して造った要塞群で、ロシア革命時に独立したフィンランドの要塞となった。

ヘルシンキ/フィンランド・ヘルシンキの世界遺産「スオメンリンナ要塞」。ロシアの侵攻を恐れて造られた歴史がある(撮影/写真映像部・小林修)
ヘルシンキ/フィンランド・ヘルシンキの世界遺産「スオメンリンナ要塞」。ロシアの侵攻を恐れて造られた歴史がある(撮影/写真映像部・小林修)

「ヘルシンキからフェリーで行く小島にあり、のどかな観光地ですが、それこそ司馬さんの言葉が浮かびました。<国家というのは基本的に地理によって制約される>。大砲群はロシアに向けられていた。フィンランドの人は常にロシアを意識し、おびえながら生きてきた。今回、ウクライナ侵攻を受け、スウェーデンと共に北大西洋条約機構(NATO)に加盟を申請した。積み重ねてきた歴史の結果です」

 司馬さんは「戦争」についてこう締めくくっている。

<敗戦が国民に理性をあたえ、勝利が国民を狂気にするとすれば、長い民族の歴史からみれば、戦争の勝敗などというものはまことに不可思議なものである>

(週刊朝日編集部・村井重俊)

AERA 2022年11月7日号