政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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参院選が始まりました。有権者にとって、いまの日本が抱える切実な問題の筆頭は「インフレ」ではないでしょうか。この問題の解決にメリハリをつけるためには、為替や金融、財政や税制にわたってアベノミクスの弊害の是正が不可欠です。
米国などは物価上昇に伴い賃金も上がっています。しかし、日本はアベノミクス以来、史上空前の金融緩和が続き、円安、株安、債券安のトリプル安になりかねない、現在の異常なスピードで進みつつあるインフレに有効な手を打てない苦境にあります。
先進諸国で金利の政策的な運用を事実上封じられ、内外の金利格差を容認せざるをえなくなっているのは日本だけです。しかも賃金上昇は不発のまま、秋以降、値上げラッシュで物価上昇の負担が国民生活を直撃しかねません。
それを避けるためにはまず、応急の手当てが必要です。消費税をどうするのか、与党などが賛成して5月31日に成立した補正予算の物価高騰対策は適当なのかも含めて、まさしくこのインフレをどう乗り越えていくのかが最大の焦点にならざるを得ないはずです。
経済学者のケインズは、「レーニンはまったく正しかった。社会の基盤をくつがえすには、通貨を堕落させることほど巧妙で確かな方法はない」と述べています。このセオリーは幸か不幸か、ロシアのウクライナ侵攻で現実味を帯びつつあります。日本でも第1次世界大戦のインフレの余波で米騒動があったように、インフレと食料危機が結びつき、社会的な騒擾(そうじょう)に発展しかねません。
インフレを乗り越えるためにも、与党であれ、野党であれ、抜本的なインフレ対策がない政党は、選挙でふるいにかけられるはずです。今後、物価上昇と景気の低迷、スタグフレーションに陥ることも懸念されるとすれば、防衛費の大幅な増強や防衛費をGDP比2%にするといった政策課題は、何よりも国民生活の防衛が成し遂げられて初めてアジェンダにのせるべき課題のはずです。
国民生活の防衛を蔑(ないがし)ろにしてまで兵器や装備に膨大な予算を計上するなど、本末転倒ではないでしょうか。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2022年7月4日号