土地は誰のものなのか。共有すべきものなのか、分割して私有すべきものなのか。これは19世紀資本主義の抱えた根源的な問題だった。答えは決まっていた。公有地を私有地に分割すれば人々は自分の土地からできるだけ多くの価値を引き出そうと必死に働く。だから、資本主義はホームステッダーの増殖を求めたのである。

 農場で働くことになったシェーンが最初に雑貨屋に買いに行ったのは有刺鉄線だった。ワイオミングの緑の草原に杭を打ち、有刺鉄線を張って、の額ほどの私有地を「囲い込む」シェーンの労働は審美的には美しいものではない。だが、飛躍の時を迎えようとしていたアメリカ資本主義には、「土地は誰のものでもない。誰でも自由に往来する権利がある」と信じるカウボーイたちの所有観は許容することのできないものだった。

 シェーンの英雄的なガンファイトによって予定通りにカウボーイたちは歴史の彼方(かなた)に姿を消す。けれども、彼らを撃ち殺した銃弾は近代社会に居場所を持つはずもないシェーン自身の命をも奪うことになる。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

AERA 2022年6月27日号

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内田樹

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内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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