都会に生まれ育った作者が思い描くふるさと、田舎のおふくろのイメージが、意表をつく設定と仕掛けを凝らした物語のなかで、豊潤な世界を提示する。囲炉裏端で、おふくろの素朴な手料理を味わい酒を飲む各シーンが全身に染みわたるようだ。
「そうねえ……(自分が)若い頃って食べるシーンって書かなかったな。ジジイになると食欲のかたまりになるんですよ。年取って何かがなくなった分だけ、食欲が突出しだした。ただ残念なことに僕はお酒が飲めない。でも多分、あの炉端で飲んでるお酒ってすごく美味しいだろうと思う。そこは想像で描くしかない」
5年前、浅田さんが小説『おもかげ』を取り上げた本誌のインタビューで「昭和26年生まれというのは特別な世代」と語ってくれたのを思い出す。本書でも作者の世代観は濃く投影されている。ふるさとも母親も偽物なのに胸に迫るのは、喪失したふるさとやデジタル化で変容する時代への思いやメッセージが伝わってくるからだ。
そして予想外のクライマックスは、待ってましたの浅田節が全面展開! 読み手の涙腺は止まらない。
「こういう呑気な小説を書いていられるのも、僕ら苦労知らずの世代だからと思う。でもこの世代でないと書けない小説もあるんだから」
このコロナ禍に風穴を開ける小説の醍醐味を堪能したい。(ライター・田沢竜次)
※AERA 2022年2月21日号