(AERA 2022年1月3日-10日合併号より)
(AERA 2022年1月3日-10日合併号より)

「この記録もいつか抜かされることになるのでしょう。それが瀬戸の若武者になるのか、あるいはこれから上がってくる人になるかは分かりませんが、その時のために準備をしたいと思います」

「瀬戸の若武者」とは、愛知県瀬戸市出身の藤井のこと。まだ今期挑戦者が決まるはるか前から、中村は藤井が自身の記録に迫ることを予期していた。他の多くの人もそうであっただろう。

 藤井は今期王将戦、2次予選を勝ち抜いてリーグに参加。竜王戦七番勝負とも並行するハードスケジュールの中、一気に5連勝し、最終6局目を待たずして挑戦を決めた。

 今期七番勝負、下馬評は藤井ノリの声が圧倒的だろう。藤井はここ1年半ほどで6回タイトル戦の番勝負に登場し、そのすべてを制してきた。タイトル戦初出場からそんなことをなしえた棋士は、過去にはいない。

 藤井のタイトル6期獲得のうち、2期は棋聖戦五番勝負で渡辺を相手にしてのもの。20年には挑戦者の立場で3勝1敗。21年には防衛する側で3勝0敗と圧倒的なスコアで下した。

 両者の対戦成績は藤井が8勝2敗と大きく勝ち越している。

 21年度が始まる前、渡辺は本誌インタビューで語っていた。

「藤井君が出てくる前は、自分のコンディションがある程度維持できて、最先端の将棋についていければ、タイトルはゼロにはならないと思っていた。いまは藤井君にどう勝つのか、そこを解決しないことには僕も無冠になるでしょう」

 これまでの将棋界の常識を超える藤井の台頭によって、渡辺の危惧は現実のものとなりつつある。とはいえいかに藤井であっても、すべての対局で勝てるわけではない。まだ攻略の余地も残されているはずだ。(ライター・松本博文)

AERA 2022年1月3日-1月10日合併号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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