トラの生息環境を邪魔するのは、やはり人間か(gettyimages)
トラの生息環境を邪魔するのは、やはり人間か(gettyimages)

『戦国武将を診る』などの著書をもつ産婦人科医で日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授の早川智医師が、歴史上の偉人や出来事を独自の視点で分析。今回は、寅年の新年企画としてトラの遺伝子を「診断」する。

【トラではなく「一家に一匹猫を…」新千円札の顔となる愛猫家はこの人】

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 十二支の中で強そうなのは龍と虎である。想像上の龍は別格として、現実に最強の肉食哺乳類は虎らしい。

 地理的分布が違うので、自然環境でトラとライオンが戦うことは無いが、ローマ時代の剣闘士劇場から20世紀アメリカの動物ショーまで多くの記録がある。体格体重が同じクラスならばトラの方が強い。ただ、集団で狩りをするライオンと単独行動のトラでは戦いの仕方が違うので異種格闘技のようなものである。

 ライオンとトラの共通先祖は300~500万年前にアジアに生息したヒョウ系の中型肉食獣で、イエネコの先祖とはさらに500万年前に分化している。威風堂々たるトラネコはミニチュアのように見えるが、中身は大きく違っていて交雑はできない。一方、繁殖力ある子孫はできないが、ライオンやヒョウとは交雑ができるらしい。

 現在、野生のトラは4000頭くらいしかいないという。食物連鎖の頂点に立つだけに個体数は少なく、地球温暖化や乾燥など環境の変化で餌になる草食動物が減ると絶滅する危険がある。さらに、トラにとっての最大の天敵は銃を持った人間で、20世紀初頭に比べて現在では5%になっている。

毛皮に権力に漢方薬に…

 幸か不幸か、縄文時代以降、日本にはトラはいなかったが、中東からお隣の朝鮮半島まで広く分布していた。豊臣秀吉に虎を献上した加藤清正の話は有名だが、李氏朝鮮末期まで朝鮮半島の山野にはトラが出没し、数々の民話やユーモラスな民画が残っているが、日本統治時代の1920年代には絶滅してしまった。

 アジア各地で害獣として駆除される以上に、トラの毛皮は権力者の象徴や金満家の飾り物とされ、トラの脛骨は「虎骨(ここつ)」として漢方薬に用いられた。英国統治下のインドやマレー半島では本土のキツネ狩りに飽き足りない貴族たちが大型肉食獣のフェアなスポーツハンティングに興じ、我が国からも尾張徳川家の徳川義親侯爵が「虎狩りの殿様」として勇名をはせた。これでは激減したのも当然である。

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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