ポン・ショワイ/1986年、中国出身。テニスの女子ダブルス元世界ランキング1位で、2013年ウィンブルドン選手権や14年全仏オープンを制した。177センチ(GettyImages)
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ポン・ショワイ/1986年、中国出身。テニスの女子ダブルス元世界ランキング1位で、2013年ウィンブルドン選手権や14年全仏オープンを制した。177センチ(GettyImages)

 これだと、中国の意に沿って沈静化に加担したとみられかねない。女子テニス協会(WTA)会長ではかなわない彭帥さんとの対談が実現したのは、バッハ会長なら忖度(そんたく)してくれる、という中国側の計算が働いたと考えるのが自然だ。案の定、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチなどから散々な批判を浴びた。


 12月6日にはバッハ会長の出身国であるドイツのトップ選手たちが編成する団体が、IOCに対して第三者機関による厳格な調査を求めた。選手たち主導のこうした動きの広がりは、深入りを避けたいIOCへの包囲網となる。


■問題が尾を引く可能性


 バッハ会長は8日のIOC理事会後にオンラインの記者会見に臨み、中国側を表立って批判せず、水面下で交渉する「静かな外交」のアプローチについて説明した。


「このような危うい状況で、いま最も大切なのは彼女の身体的な無事を確保することだ。我々にここまで合理的に期待されたことは、達成できている」


 消息不明だった彼女の「生存確認」がIOCとしてできたことの意義を強調した。IOCはこれまで2度にわたって彭帥さんとオンラインで対話をしたと発表している。彼女は北京の自宅で過ごしているとし、来年1月に北京で直接会う約束も取り付けているという。


 バッハ会長は記者会見で、


「彼女は抑圧下に置かれているようには感じられなかった。それが(出席した)全員が抱いた印象だった」


 とも話した。


 この問題は、北京冬季五輪まで尾を引く可能性をはらんでいる。


 五輪憲章は第50条で「政治的、宗教的、人種的なプロパガンダ」を認めていない。しかし、東京五輪からはそのルールが一部緩和され、アスリートは記者会見や取材エリア、SNSなどで個人の思想や信条を表明できるようになった。国や組織、人を標的にしないこと、妨害行為とならないことなどの条件が付くものの、自らの政治的意見を発信できる。


 68年メキシコ五輪では陸上男子200メートルの表彰式で米国の黒人選手2人が黒い手袋をはめた拳を突き上げて人種差別に抗議し、大会追放の憂き目に遭った。しかし、北京冬季五輪で東京五輪の指針に従えば、その行為は表彰式では御法度だが、記者会見などでは許される。


 彭帥さんの「告発」が事実なら、プロパガンダではない。中国が世界に国力を誇示したい「平和の祭典」は、火種を抱えたまま、開幕が刻々と近づいている。(朝日新聞編集委員・稲垣康介)

AERA 2021年12月20日号より抜粋