千葉県船橋市の本社は住宅街のど真ん中にある。天気がいい日はブランコや滑り台がある近くの公園に出かけると、いい気晴らしになる(撮影/写真部・東川哲也)
千葉県船橋市の本社は住宅街のど真ん中にある。天気がいい日はブランコや滑り台がある近くの公園に出かけると、いい気晴らしになる(撮影/写真部・東川哲也)

 短期集中連載「起業は巡る」の第2シリーズがスタート。今回登場するのは、社会問題の解決を目指す若者たち。初回はIoTで介護に挑む「aba」代表取締役兼CEOの宇井吉美だ(33)。AERA 2021年11月15日号の記事の3回目。

【図】「aba」の詳細はこちら

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 谷本という凄腕は手に入れたが、介護現場で使える機器に仕上げるには、莫大(ばくだい)な資金がかかる。それだけの投資を回収するには、日本中の介護施設に機器を売り込むマーケティング力がいる。学生ベンチャーのabaには金も販売ルートもない。

大手企業を巻き込む

 ここで宇井の特異な能力が威力を発揮する。投資家の孫泰蔵をプレゼン一発で虜(とりこ)にし、オープンキャンパスで教授の富山を魅了し、内定を取っていた谷本を半ば強引に引きずり込んだ、「人を巻き込む力」である。

 最初に巻き込んだのは、パラマウントベッドだった。日経ビジネスに掲載された宇井の記事に、パラマウントの技術部から連絡があった。その後のやり取りで、介護ベッドに力を入れていた同社を掻き口説き、排泄検知システム「Helppad」の共同開発にこぎ着けた。製品にはパラマウントのロゴが大きく入っている。宇井は言う。

「排泄課題はパラマウント社も昔から認識していた。だからHelppadを本気で売ってくれる。私たちの目的は介護業界を変えること。自分たちのブランドにこだわったり、自分たちだけ儲(もう)けたりという考えはありません。私たちが介護の現場から吸い上げてきたニーズと、それを元に『こんな製品やサービスがあったらいいな』というアイデアを、多くの企業に提供して、良い製品やサービスをどんどん作ってもらいたいんです」

 高齢者向け衛生用品の開発に取り組む花王、電気ポットをインターネットにつないで高齢者の見守りサービスを展開する象印マホービンなどが「一緒にやりたい」と申し出てくれた。共同プロジェクトで大企業の研究所を訪れる度に、谷本は驚く。

「大企業の研究所って何でもあるんです。あんな装置も、こんな技術も、すごい特許も。僕らから見たら、テクノロジーの森ですよ。人類が思いつくことは全部やっているんじゃないかと。人材もめちゃくちゃ優秀な人がそろっている」

「でも」と谷本は言う。

「何をしたいのかが、はっきりしない。だから持っているテクノロジーの8割方が無駄になる。お金も技術もないベンチャーから見たら、もったいない限りです。今、ある企業の研究所のリソースを惜しみなく使わせてもらっているんですが、これはすごくありがたい」

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