AERA 2021年11月15日号より
AERA 2021年11月15日号より

ものづくりの“民主化”

 abaの本社はJR津田沼駅から徒歩20分ほどの住宅街にある。というか本社そのものが普通の住宅である。玄関を開けるとリビングが仕事場で、奥にコインランドリーの洗濯機ほどの巨大なマシンが鎮座している。大企業との共同プロジェクトや国の補助事業に採択されて資金繰りに余裕が出たころ、谷本が宇井にねだって導入したキーエンス製の3Dプリンターだ。

「昔のやり方だと、試作の部品を作るのに、設計して金型を起こして、3カ月近くかかりました。その部品がダメだとまた3カ月かけて作り直し。それが1時間で作れてしまう。宇井が介護の現場から持ち帰った課題をすぐに形にできるんです」

 テクノロジーによる「ものづくりの民主化」は着実に進んでいる。取材の帰りがけに、宇井が言った。

「さっきお渡しした名刺。もう一度、見てもらえませんか」

 名刺入れから取り出すと、紙でなく薄いプラスチックだった。

「介護現場の人たちって、手が濡れていることが多いんです。だからこちらが名刺を出すと、服の端っこで慌てて手を拭いて、『濡らしちゃってごめんなさい』と恐縮される。それを見た谷本がこの名刺を作りました。『大丈夫、洗えますから』と。天才だと思います」

 谷本は照れ隠しに「今は排泄臭から病気を検知する研究なんかもやってるんです」と話題を変えた。それはそれで興味をそそられるテーマだったが、同時に「いいコンビだな」と思った。

「これは絶対に応援せんといけん」。物事を客観的に見る記者としては失格かもしれないが、最後は、私も孫泰蔵と同じ気持ちになっていた。(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2021年11月15日号より抜粋