根本的な原因を考えると、ブッシュ(息子)政権が「タリバンの9.11テロ事件の首謀者のオサマ・ビンラディンをかくまっている」としてアフガニスタンを攻撃したのが失敗の元だった。米政府もメディアも「タリバン政府が引き渡しを拒否した」と言い、日本でも一般にそう思われているが、タリバンは「証拠が出れば引き渡す」と回答していた。日米犯罪人引渡条約でも引き渡しを求める側は「犯罪事実を記載した書面」「裁判所が発した逮捕令状」「その犯罪を行ったと疑うに足りる証拠材料」などを添える必要がある。当時、米国側に証拠はなく、タリバン政権が請求に応じなかったのは法理にかなっていた。国連安全保障理事会もアフガニスタンに引き渡しを求めたが、国家やタリバン政府が米国を攻撃したのでもないから、個人の行動に対し他国に報復攻撃をすることをはっきり許したわけではなかった。

 アル・カイダは世界各地のイスラム過激派集団の総称で、厳格な指揮・命令系統はなく、9.11事件の首謀者はパキスタン人のハリド・シェイク・モハメドだったと米議会調査委員会は述べている。

■中ロがタリバンに接近

 米軍の撤退が進んでいた7月28日、中国の王毅外相は天津でタリバン幹部と会談、地域の安定への協力を求めた。隣でのタリバンの勝利で、新疆ウイグル自治区のイスラム過激派が勢い付くことを警戒し、タリバン政権の承認や経済支援と引き換えに、タリバンが中国内の過激派との接触をしないことを求め、以前から「イスラム国」などと対立していたタリバンは応じたと見られる。アフガニスタン北部には油田、銅鉱山などの資源もあり、中国の国営石油会社が開発に協力中だ。ロシアもチェチェン独立派などがイスラム過激派と連携しないようタリバンに取り入ろうとしている様子だ。

 タリバンは安定と成長を望み、欧米諸国とも協調をはかる姿勢を示すが、女性の教育など人権問題への懸念が障害となりそうだ。欧米メディアは英語を話すアフガン女性をインタビューし、不安を語るのを報道するが、戦争でアフガン人の死者は約17万人、うち民間人が4万7千人とされるから、夫や子ども、親を失った女性は多い。国外に出た難民は260万人、国内避難者が400万人と言われるから、戦争終結を祝う女性のほうがはるかに多いのではと考えられる。米軍の死者は2400人余、他の外国の軍人が約1100人、米軍に雇われて死んだ外国民間人も少なくないようだ。9.11事件の死者2973人を上回り、米国は戦費約2兆ドル(約220兆円)を費やした。

 米国は「人権」を掲げて海外に出兵、干渉することが多い。だが、「生命の安全」こそが人権の最たるものであることを今回の失敗で考えるべきだろう。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)

AERA 2021年8月30日号